老年の神経心理学

 老年期の知覚的老化

老年期と青年期を比較すると、活動の活発さや早さにおいては、青年期がそのピークにあり、その後遂行のレベルは低下する。また、成人期以降は一般に失敗を回避するようになる傾向がある。運動機能に関する諸機能は、男子は10代後半から20代前半にかけてピークになり、女子は10代前半から20歳ごろまでにピークが現れる。運動機能に限っていえば、20代の半分以下になる。ただし、老年期の身体的な衰えは個人差が大きく、個人が老年期にいたるまでにどう過ごしてきたかが大きく関係している。

視覚
 目の調節機能が急激に衰え、特に知覚の対象を見るのが困難になる
 薄暗いときに見えにくくなる
 まぶしい光に耐えられない
 視野が狭くなり、周囲のものが見えにくくなる

聴覚
 高周波数の音の感受性が衰える
 低周波数の音への感受性は大きくは衰えない

味覚・嗅覚
 全般的に鈍くなる
 甘味、塩辛さよりも、苦味、酸味に関する感受性のほうが維持される
 健康な老人の場合、味覚・嗅覚の鈍化は軽微かあるいは見られないこともある

触覚
 痛みに対して鈍感になる

  

 老人に起こりやすい身体疾患

加齢とともに、我々の身体機能は徐々に低下し、様々な病気にかかりやすくなる。65歳以上の人々の三大死因として、悪性新生物、虚血性心疾患、脳血管性疾患が報告されている。

1.脳神経系
脳血管性疾患は、高齢になるほど死因が高くなる。脳の血管がつまる脳梗塞、脳の血管が破れる脳出血、先天的に血管壁のもろい場所に起こるくも膜下出血は、動脈硬化が基盤にあり、長期にわたる栄養状態の悪化により症状が進みやすくなる。パーキンソン病は中年期以降に見られるもので、脳の神経細胞の変性脱落によるものと考えられている。運動麻痺がないのに筋肉の強剛や振戦、前かがみで小股の特有の歩行の症状が現れる。

2.心臓
高血圧や心筋梗塞とか狭心症といった虚血性疾患は、加齢とともに増加する。心臓は加齢によって大きくなっていくが、加齢にしたがって動脈が硬化し、血圧が高くなっていくため、心臓左室の負担を軽減するために心肥大が起こると考えられている。

3.消化器系
悪性新生物の中で、特に食堂ガンや胃ガンは、65歳以上に急激に増加する。しかし高齢者は、ガンの進行が他世代より遅く、ガンを患いながら脳卒中や肺炎、気管支炎で死亡する場合が多くなるため、見かけ状は80歳以上になると死亡率が減る。

4.呼吸器系
65歳以降、加齢とともに肺炎・気管支炎による死亡は一次関数的に増大していく。老人は単なる風邪から肺炎に移行する率が高い。これは、気管支の萎縮と肺胞、肺胞嚢の拡張が起こり、呼吸機能が老化することによる。肺ガンも65歳以上から多くなり、女性より男性が多い。

5.代謝、内分泌系
糖尿病はインシュリン生産の低下により、血糖値が上がって尿糖が出る病気であり、65歳以上の羅患者が非常に多い。老年期で発病する糖尿病は、口渇、多尿などの、自覚症状が軽症のものが多いが、糖尿病は動脈硬化を促し、虚血性心疾患の発病のリスクファクターである。ほかに、高脂血症、痛風があるが、いずれも動脈硬化を促進させるリスクファクターである。

6.骨
骨粗鬆症は老人に起こりやすい病気であり、約1/3に見られるという。女性は特に、閉経後の女性ホルモンの欠乏によって、骨粗鬆症の率が急増する。骨塩減少によって腰背部痛や骨折が起こり、寝たきり老人を作りやすい。

7.血液
65歳以上に見られる老人性貧血は、若い世代に多い鉄欠乏による貧血ではなく、赤血球寿命の短縮、血管系の病変による赤血球崩壊の亢進などが考えられている。さらに消化管などからの出血による二次性の貧血も多い。

8.眼
水晶体が混濁していく老人性白内障は、65歳以上では老人人口の12%を占めるが、75歳以上になると90%以上の人に見られるようになる。また、高血圧や動脈硬化が進行している人々に起こりやすい、網膜出血をきたす網膜静脈閉塞症や糖尿病性網膜症、眼圧の上昇による緑内障も、中高年期に発病しやすい。

9.その他
前立腺肥大症は、老年期の男性に見られ、高齢とともに多くなる。これは前立腺の一部が肥大して膀胱頚部を閉塞することによって起こり、頻尿と排尿困難になる。

  

 老人の器質性精神障害

 アルツハイマー病
40歳前後で発症する事もあり、進行の早さ、失語、失認、執行、痙攣、運動障害を伴うことが、高年齢で発症する例と異なる。

 ピック病
初老期に発病し、原因は不明。アルツハイマー病が広範性の萎縮を呈するのに対し、ピック病は特定の部位のみに極端な萎縮が起こる。部位により、前頭葉型、側頭葉型、頭頂葉型に分けられる。初期には、ごく当たり前のことができなくなる。人格の変化、自閉的になる、感情が乏しくなるなどの症状が表れる。それとは逆に、感情のコントロールができなくなったり、つまらない冗談を言ったり、おしゃべりになったりすることもある。

 クロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob)
中年から初老期に発病する。精神症状として、初期は、抑鬱、錯乱、記憶障害、譫妄、幻覚などがある。神経症状として、錐体路症状、錐体外路症状、小脳症状、脊髄症状が出る。次第に人格変化や痴呆が現れ、急速に痴呆が進み、植物状態が進む。

 パーキンソン病(Parkinson)
中脳黒質の病変によるドーパミン系神経細胞の障害によると考えられている。パーキンソン症状(筋固縮、無動、寡動、姿勢異常、歩行障害)などの神経症状に加え、抑鬱、不安、焦燥感、不眠などの神経症状が出やすい。病気が進行して経過が長くなると、痴呆が生じてくる。

 ハンチントン病(Hantington、舞踏病)
踊りを踊るような不随意運動が生じる。常染色体性優性遺伝である。線状体を含み、大脳半球の皮質や白質にまで病変が及ぶ。神経細胞の萎縮-硬化と脱落、白質でのグリオーシスと脱髄が病変の中心である。性格変化、怒りやすい、抑鬱、妄想、幻覚などの精神症状が出る。進行が進むにつれて痴呆がはっきりしてきて、末期には重度の痴呆となる。

 正常圧水頭症
髄液の循環が悪化し、脳圧が上がらないのに脳室が拡大することにより、脳が圧迫されて起きる。髄液の流れをよくすることにより治癒する。運動障害や失禁、歩行障害が出る。

  

 老人の機能性精神障害

 鬱病
鬱病は感情障害である。しかし、抑鬱などの感情面の障害だけではなく、思考、意志、行動にも及ぶ。鬱病には、仮面鬱病と呼ばれる身体疾患が前面に出て、心身症の形を取ることがある。

 神経症
老年期に多い神経症は、心気神経症(心気症)と抑鬱神経症である。不安神経症、脅迫神経症、ヒステリーなどの多くは、若いころに発症して老年期にいたる場合が多い。神経症性不眠も、老人に多い。

 心身症
心身症とは身体症状が主であるが、その診断や治療には心理的因子への配慮が重要な意味を持つ。
心臓の異常は死と結びつきやすいため、死への不安が循環系の障害となって現れやすい。狭心症はその典型であり、高血圧もかなりの部分が心身症の可能性がある。
消化器系では、医・十二指腸潰瘍、過敏性大腸炎、潰瘍性大腸炎、胆道ジスキネジーなど、呼吸器系では、神経性咳嗽、内分泌系では糖尿病とバセドー病、泌尿器系では神経性膀胱炎、骨・筋肉系では慢性関節リューマチ、脊椎過敏症、全身性筋疼痛症など、皮膚系では皮膚掻痒症、神経性皮膚炎、慢性蕁麻疹、湿疹、円形脱毛症など、耳鼻科領域ではメニエール症候群、嗄声、アレルギー性鼻炎、眼科領域では緑内障と白内障、口腔領域では義歯装着後の違和感などが挙げられる。

 精神分裂病
老年期の精神分裂病は、青年期あるいは中年期に発病し、老年期にいたったケースが大部分である。

 遅発分裂病
精神分裂病は30代までに発病する場合が大部分なので、40歳以降に発症する精神分裂病を、遅発分裂病late schizophreniaという。60歳以降に発病した場合を、パラフレニアparaphrenia、あるいは遅発性パラフレニアと呼ぶ。パラノイア型の妄想を持ち、幻聴がある場合とない場合がある。思考障害や感情の平坦化は少ない。

 パラノイアparanoia
パラノイアが精分裂病に属するか否かは議論がある。分裂病と健常者の中間に位置するという考え方もある。
妄想のみを主症状とし、幻覚を伴わず、人格や思考、感情などが保たれている場合にこの病名を使う。幻覚を伴う場合は、遅発性精神分裂病とされる。

  

 老年期の知能
(1)知能は年を取るだけでは低下しない
(2)WAIS言語性得点などで測られるような結晶性知能は、少なくとも60歳ごろまで維持され、その後の低下も緩やか
(3)WAIS動作性得点などで測られるような流動性知能は、少なくとも60歳ごろまで維持され、60歳くらいまでの低下は緩やかであり、60歳をすぎると急激に低下する。

  

 知能診断と痴呆のスクリーニング
老年期における知的機能の診断を考える場合、一般的な知能の診断と痴呆性老人のスクリーニングを分けて考えなければならない。
知能のどの部分が維持され、どの部分が低下しているかの詳細な情報が必要ならば、一般的な知能テストを用いなければならない。しかし、痴呆か否かの判定や進行度を測るだけならば、患者の負担や適性から、痴呆スクリーニングテストのほうが適している。

WAISとWAIS-R
 若者と同様に、WAIS成人知能検査は、老人の知的機能の診断に最も適している。知的機能を多面的に捉えることができる、年齢集団ごとの基準が与えられている、というのがその理由である。改訂版のWAIS-Rは、高年齢者群のための基準が作られたので、16から74歳までのすべての年齢で年齢別基準が利用できるようになった。
 WAIS-Rでは、WAISのように、全年齢群を通じて同一の基準で、評価点やIQを求めることができなくなっている。したがって、若者に比べて、どのくらい知能が低いのか、あるいは十分に維持されているのか、といった情報は得られなくなったことに注意が必要である。

 WAISは、全テストを終えるには1時間から2時間、場合によってはそれ以上かかることもあるため、疲れてきたように見える場合には、必要に応じてテストを2回に分けることも可能である。
 老人のテストを行う場合は、一般的な留意点に加えて、視力や聴力の障害に気をつける必要がある。照明は、若い人のああいより明るいほうがよいが、老人は白内障のため光をまぶしく感じる場合が多いので、まぶしくないように間接照明にする。また、眼鏡や補聴器を忘れないように念を押すほうがよい。

 老人のスクリーニング・テスト
老人で知能が問題になるのは、痴呆の疑いがある場合が多い。痴呆のスクリーニングには多種があり、一般に簡単な記憶や見当識に関する項目を中心に作られ、試行時間も10分から15分と短い。
 スクリーニングテストは、あくまで知能の疑いや痴呆度の目安を与える以上のものではない。疑いのあるケースを可能な限りもれなく拾うように作られているため、痴呆ではない場合も含まれ、統計上での第一種の誤りに陥る危険性に、常に留意する必要がある。

 軽度の痴呆の場合は、痴呆の診断を下すのは専門家でなくては難しい。単純な意識障害や鬱病など、痴呆と間違われやすい疾患や症状は、老人では少なくない。