院試対策ノート

 

 わたしが大学院入試の時に勉強したノートです。記念に公開します。

 わたしは単語で覚えられない人ですし、単語で覚えると相互の関連がわからなくなるので、最初から論述形式でノートを作成しました。アドリブきかないタチですから。これは、志望校の試験形式によりますので、各自で工夫されるのがいいと思います。

 さらに、実験心理学出身でしたので、神経生理学、認知心理学などは既存の知識を読み返すことにとどめ、不得意な臨床心理学、社会心理学、発達心理学の領域にしぼってノートを作り、いったん全部書き写し、ひたすら何度も読み返して覚えました。ですから、このノートの三倍は頭に入れて試験に臨むべきかもしれません。

 もう一度確認のため申し上げさせていただきますが、臨床心理士を目指す方は、まず心理学をよく勉強されるのがよろしいかと思います。

 

 

精神分析 psychoanalysis

 精神分析の原点は、1895年のフロイトとブロイアーの共著による「ヒステリー研究」にある。それ以前は、催眠暗示療法が取られていたが、ブロイアーは、アンナ、O嬢の催眠治療から、症状が生じたときの事情を話すと、無意識に抑圧されている感情エネルギーが発散され、症状が消失することを発見した。この催眠カタルシス法は、フロイト自身は1900年頃を境に放棄し、額に手を強く押しつけて圧迫し、強制的に過去を追及する前額法を経て、自由連想法へと移行した。これは、寝椅子に横になっている患者に対し、「筋道を立てずに心に浮かぶことを批判・選択せずにそのまま正直に話す」と基本規則を教示して行なわれる。その際に治療者は、患者の連想を傾聴しながら、その全体の雰囲気や様子に「平等に漂う注意」を向けつつその無意識を探求する。フロイトは、特定の事柄に注意を向けることを禁じ、聞き取られる一切の事柄に関心を向けるよう主張している。
 そしてフロイトは、1915年までに臨床実践を通してその理論と技法を発展させた。フロイトは心の働きを「意識」「全意識」「無意識」にわけて理解すると共に(局所論)、人の精神現象や行動を、様々な心的諸力(例えば性的本能であるリビドーや攻撃や破壊へ向かう死の本能、それに対抗する良心や理想など)の相互作用の結果として理解しようとした(力動論)。さらに、心には自我・エス・超自我の心的装置が働いており、そのバランスにより心の働きが機能するとした(構造論)。エスは、快を求め不快を避ける快楽原理に従い、時間感覚も社会的価値や秩序もない本能的な部分である。一方、超自我はエスとは逆に社会的規範を司り、道徳心、罪悪感、良心、自我理想などの心の機能を営む。そして自我は、エスや超自我からの要請を調整し、外界に適応できるよう現実検討を行う。そして自我は、これらのエス、超自我、外界の3部分の葛藤関係を調整するために防衛機制を働かせる。またある精神的エネルギー(リビドー)を仮定し、それらの心的諸力が強く作用すれば(充当)、同時に反対の力が引き起こされる(逆充当)ように、必然的に互いが葛藤を起こす性質を持ち、それらから種々の不適応や防衛機制を考える(経済論)。そして、自我・エス・超自我の相互作用やエネルギー分配の様態を幼児から成人へという発達の中でとらえ、その逆方向を退行と考える(発達論的観点)。さらには、対人関係や社会への適応という視点から心理的現象を考える(適応論)。その後、独自の理論を展開した分析家は、これらの観点のいずれかで立場を異にする。

 

防衛機制 defense mechanisms

 自我は、エス、超自我、現実とのバランスを保つため、様々な防衛機制を働かせる。防衛機制は、不快な感情を避け、心理的な安定を保つ働きをするが、過剰になったりすると様々な症状や問題が生じる。
1. 抑圧
 代表的な防衛機制で、本能的、衝動的な観念や空想、記憶や感情を意識から排除し、無意識に押し込める。しかし抑圧された欲求は解決されたものではないため、夢や失錯行為、症状に現れる。
2. 投射(投影)
 受け入れがたい感情や欲求を自分が認めることは不安が生じるため、他の人や物に移し変えること。疑心暗鬼のようにより健常でも生じるが、より重度の病態では現実検討力の低下となって現れる。投影法検査の理論的根拠ともなっている。
3. 転移(置き換え)
 ある対象に向けられた感情や態度を、まったく別の対象に向ける(例えば担当医への不満を看護師に向けるなど)。
4. 昇華
 置き換えを基本とする防衛機制で、性的欲求や攻撃欲求など、社会的に容認されない欲求を容認可能な行動に変容して充足させるなど。
5. 反動形成
 受け入れがたい衝動や欲求が抑圧され、それとは反対の行動で現れること。憎しみの変わりに愛情が意識されるなど。
6. 否認
 外的な現実を拒絶し、不快な体験から目をそらすこと。臨死患者にも、病気の受容過程として生じる。
7. 同一視(摂取、取り入れ)
 自分にとって重要な人の行動や集団の価値を取り入れること。発達において重要で、親からの賞罰や禁止を内在化することで子供は社会的に適応可能になり、他者との同一視を通じてアイデンティティ確立の基礎が築かれる。
8. 合理化
 葛藤や罪悪感を伴う言動を正当化するため、なにか別の理由をつけて情緒的安定を図ろうとする試み。イソップ物語の「すっぱいブドウの狐」のほかにも、失敗を偶発的な原因や外的帰属に求めるなども含まれる。
9. 逃避
 うまく適応できない状態から逃げること。空想への逃避、病気への逃避、他の現実への逃避がある。
10. 補償
 自分の欠点や劣等感を感じている部分を他の部分で優越感を感じることで心理的安定を図る。
11. 知性化
 本能や衝動をコントロールするため、情緒的問題を表象や観念の世界で論じたり、過度に知的な活動によって抑圧すること。青年期に顕著に見られ、観念や思考から感情を分離する隔離と共に作用する。

 

精神分析療法の実際

 精神分析では、治療者がすぐに手を貸すような暗示、指示、指導などの直接的アプローチは極力排し、転移や抵抗の分析という治療の中間過程「転移神経症」を通した間接的アプローチを行なう。具体的には、患者は治療者との情緒的経験を媒介にして種々の感情を向けてくる。治療初期には、治療者の十分関心をもって傾聴するという態度に対し、尊敬、信頼、愛情を向けてくることが多い(陽性転移)。この時はしばしば症状の軽減が見られ、治療的交流もスムーズであることが多く、患者はますます愛情や信頼、時には性的な欲求や実際的な交際を期待するようになる。しかしこれらの欲求や願望は、治療者の中立性や受身性の治療原則からは満たされることはない。次第に患者は信頼できなくなり、愛情は不信感や怒りなどの陰性の感情に変化し(陰性転移)、症状の再現や治療への遅刻や休む、沈黙が続くなどが出る(行動化)。この治療関係の交流促進の停滞や障害を抵抗という。この陽性・陰性転移は、患者の幼児期以来両親との間で繰り広げられた最も基本的な課題(内的願望や衝動、葛藤など)が治療者との間で再現されたものである。いわば、かつて両親との間で作られた神経症(起源神経症)が、分析状況に再現される(転移神経症)。起源神経症の形では取り扱えなかった内的葛藤が、現在では転移神経症として治療操作が可能になる。これが転移分析である。
 そして、何でも批判・選択せずに話す緊張感と、他方では時間をかけて受容される葛藤的な対応を受ける。このストレスを受けながら受容される分析状況の体験は、患者を葛藤と退行的な状況に追い込んでいく。このとき患者はその人特有の適応や防衛機制で対応しようとするが、必ずしも成功せず、連想がわかず沈黙したり、治療の偶然の欠席や遅刻などの行動化が出現する(転移性抵抗)。他にも無意識的な不快が自由連想に昇らないようにする抑圧抵抗、疾病利得抵抗、超自我抵抗、反復強迫抵抗がある。また抵抗の現れを、それと明らかにわかるような場合を顕在性抵抗、治療状況は安定しているにもかかわらず進展も症状の変化も見られない場合を潜在性抵抗と区別する。精神分析療法では、この転移と抵抗を克服することを繰り返す(徹底操作)ことで、患者が自己の衝動や防衛のあり方、問題点を洞察することになる。
 治療者の態度として、無意識の内容に直接的な解釈や指示することをひかえ、傾聴して患者自らが気づき改善することを見守る受動的な態度、自分自身の価値判断や理想を押し付けず、治療者としての行動化(抵抗)を禁止する中立的な態度、転移や抵抗にさらされることによって生じる治療者の無意識的な願望やパーソナリティの問題点である逆転移の自覚が重要である。
 さらに精神分析のアプローチは、言語を媒体にした対話による自己洞察を目指す。患者は自由連想の内容を意識していないことが多く、潜在的な抵抗を示す場合もある。治療者はこれらを通して、患者の精神生活で幼児的な衝動や葛藤、特有の防衛方法が潜んでいることを読み取り、了解しやすい言葉で患者に伝える。これが解釈である。使用される解釈技法には、患者の連想の曖昧な点に対して連想を膨らませるように質問して明確化させる、明確化により断片的な問題がつながって矛盾点が見出されたとき自覚化よりもかえって生じやすい治療抵抗への直面化、盲目的で機械的に反復されている無意識的動機や因果関係を取り上げる解釈がある。
 以上を通してなされる言語的介入は、患者に再び連想され、さらに治療者に伝えられる連続的営みを繰り返す。この徹底操作を通じて、患者の心の防衛によって抑圧されていた情緒体験や葛藤を解きほぐすことができる。

 

 夢は、睡眠という意識の統制が弱まった状態下で抑圧されていた無意識が浮上してきたものであり、自由連想法と共に夢判断は無意識を知る王道である、とされる。そしてばらばらでまとまりのない夢も、実際はある意味を担っており、解読されるべき心理的現象であるとした。この前者の特徴は夢の仕事(dream work)の結果であり、後者は夢の象徴性を表している。夢の仕事は、睡眠中の身体刺激や覚醒中の体験、抑圧された意識的内容などの夢の素材(潜在的夢思考)から夢(顕在的夢思考)を構成する心理的過程であり、圧縮、置き換え、視覚化、二次的加工という心理的操作が関与している。このような操作は検閲による歪曲であるが、夢には要素とその翻訳の間に恒常的な関係、つまり象徴化という歪曲があり、フロイトはいくつかの性的象徴を指摘している。

 

行動療法 behavior therapy

 行動科学的な考えを背景とする行動変容法は、パブロフと同時代のベヒテレフやワトソン&レイナーからであるが、さらに発展し学習理論のもとに行動療法として成立することに貢献したのは、ウォルピ、アイゼンク、スキナーである。ウォルピは1958年に「逆制止による心理療法」で動物実験と臨床経験を元にして、人間の不適応行動の病態について実験科学的な理論化を試み、神経症の主症状である不適応的な不安・恐怖の治療法として系統的脱感作法を提案した。次にアイゼンクは、不適応行動の原因についての精神分析的な考え方を批判し、不適応行動の原因は適切な行動の学習の欠如か不適切な行動の学習結果であり、その治療法は不適応行動の解学習か適応行動の再学習を通してなされるべきとした。そして1960年に「行動療法と神経症」を出している。スキナーは、1953年に「科学と人間行動」をだし、オペラント条件付けの諸原理は人間行動の支配的原理であると主張する一方で、同じ年にリンズレーと共にオペラント条件付けの臨床的応用を行なった。オペラント条件付けは人間行動を広く支配するため臨床的応用の幅が広く、行動療法の重要な中心技法として位置付けられる。
 行動療法の一般的特徴として、@不適応行動を誤学習や学習の欠落としてみること。A環境要因を重視する応用行動分析にしろ、認知的要因を重視する認知行動療法にしろ、現在の生活場面に焦点を当てる。B治療計画は科学的に実証された研究知見に基づいて立案され、効果判定に単一事例研究法が用いられる。C場所を選ばず、治療の場の拡大ができる。D技法を組合わせて治療パッケージとして使用する。E治療者−来談者関係は協調的であり、治療計画は双方の合意で作成される、などが挙げられる。
 行動療法の診断は行動アセスメント・行動分析といわれ、具体的には不適応行動を特定して治療目標を明確にし、その症状の形成メカニズムを分析し、それによってどの技法を選択するかを検討する。この治療目標の設定から治療計画を立てるまでの一連の作業が行動分析である。

 

行動療法で用いられる技法

(1)刺激統制法

 行動が特定の先行刺激や手がかりによって生起する場合、その行動は刺激統制下にある。したがって、不適応行動を生起させている刺激を除去したり適応行動が生起しやすい刺激を整えるなどの環境調整がこれに当たる。

(2)系統的脱感作法 systematic desensitization

 ウォルピによって神経症の主症状である不適応的な不安や恐怖の治療のため提案された手法。標準的な手続きとして、患者の不適応的な不安・恐怖を惹起する刺激を調査し、強いものから弱いものへ配列する不安ヒエラルキーを準備し、それらに対抗する手段として患者に全身弛緩の指導を行なう。そののち、患者を深い弛緩状態において不安・恐怖反応への抵抗性を高めておいて、不安ヒエラルキーの最も弱いものから具体的にイメージさせ、そのイメージに対して不安・恐怖を感じなくなるまで繰り返しイメージさせる。その作業を、不安ヒエラルキーの各刺激ごとに繰り返す(脱感作)、また現実に刺激にさらす現実脱感作(in vivo exposure)や、最強の刺激にいきなり直面させるフラッディング法もある。これは、系統的脱感作法が無効なヒステリー性の不安・恐怖の治療法として用いられるが、慎重に用いなければ逆に不安や恐怖を条件付けることになる。

(3)オペラント条件付け療法 operant conditioning therapy

 スキナーによって研究されたオペラント条件付けに関する諸原理を応用する治療技法。大別して、適応行動の形成と確立を目指すものと、不適応行動の抑制や除去を目指す治療手続きがある。前者は、望ましい行動に対してその行動の生起率を高めるような正の強化子を随伴させるか、行動生起の際に嫌悪刺激が除去される方法を取る。後者は、望ましくない行動に対してそれを抑制するような負の強化子を与えるか、不適応行動を高める後続刺激を遮断することで消去を行なう。強化子としては、賞賛や承認、注目、関心などの社会的強化子と、具体的な事物の物理的強化子がある。これらに加え、技術的にとくに重要なのがシェイピングとトークン・エコノミーである。シェイピングは、形成しようとする行動が複雑でいきなり確立するのが困難な場合、標的行動をスモール・ステップに分け、達成が容易なものから順に形成し、段階的に目標行動の確立を目指す。これは誤反応より正反応を起こさせることが重要であり、学習者の動機付けを低下させる誤反応はなるべく起こさせないようにするべきであるとの考え方に基づく。もう一つのトークン・エコノミーは、正の強化子を行動の生起ごとに与えるのが不都合な場合、それに加えて代用貨幣のトークンを与え、トークンの数が一定数に達したときあらかじめ約束しておいた本来の強化子と交換する方法である。トークンは二次的強化子の役割を果たす。一般にシェイピングとの併用が効果的である。オペラント条件付けは行動の大部分を支配するだけに、行動療法の技法の中でも重要であり応用範囲も広い。

(4)負の訓練法と飽和法 negative practice

 患者の症状や不適応的な習癖を、意図的かつ集中的に繰り返すことでその症状を消失させる技法。ハルの行動理論を背景とし、臨床的にチックの治療に用いられる。反応制止と条件性制止を繰り返して反応ポテンシャルを上回れば、実際の行動は生じないという理論的説明に基づく。飽和法は負の訓練法に類似しており、患者の不適応的嗜好を除去するために患者の嗜好する刺激を徹底して与え、その刺激に対して患者を飽和状態にする技法である。

(5)嫌悪療法 aversion therapy

 嫌悪刺激を使用して不適応行動の抑制をねらう治療技法。具体的な手続きには、患者に不適応行動をとらせるかイメージさせたときに嫌悪刺激を対提示するレスポンデント技法と、患者の不適応行動時に嫌悪刺激を与え、引き続いて患者が積極的に不適応行動を中止したときに嫌悪刺激を除去するオペラント技法がある。一般に、治療が極めて困難な薬物・アルコール依存や性的逸脱行動の治療法として用いられるが、むしろヒステリー性の咳発作など、一部のヒステリー性の症状に治療効果を持つ。患者に強度の苦痛を与えるため、適用には倫理的問題をはらみ、さらに単独で用いるだけでなく適切な行動の形成も図らなければ治療効果は上がりにくい。

(6)モデリング法 therapeutic modeling

 学習者が直接に反応して強化を受けるというミラーの模倣の概念や、ロッターの人間の行動は目標への期待によって決定され、その期待は社会的状況で学習されるとした社会的学習理論をさらにすすめて、A.バンデューラは無試行で無報酬であっても他人の行動を観察することで様々な行動を学習することを指摘し、観察学習とよんだ。この事実を応用し、すでに獲得されている不適切な行動をモデリングによって消去し、同じにモデル観察を通して適応した行動を獲得させることによって患者の不適応行動の修正を図る方法がモデリング法である。モデリング学習の効果としてバンデューラは、(1)モデルの観察をすることで新しい行動パターンを獲得する観察学習効果、(2)すでに獲得している行動を抑制・制止したり、逆にその抑制を弱める制止・脱制止効果、(3)他者の行動によりすでに獲得している行動を促進する反応促進効果を挙げている。単一恐怖、社会恐怖、強迫性障害のほか、社会的引っ込み思案などの不適応行動、統合失調症患者に対するSSTなどの効果が確認されている。

上記の基本的な諸原理を基礎に組みたてられたより特殊な技法が以下である。

(7)行動契約法 behavioral contrac

 二者間あるいは当事者間で互いの履行すべき行動や義務と賞罰を一つ一つ明記し、これに基づいて望ましい行動変容を図る技法。主として反社会的不適応行動である非行に用いられる。この技法は約束事や社会的規範の習得と同時に当人の権利と義務を背景とした自尊的意識の助長をねらいとし、オペラント条件付けの原理を背景とする。

(8)行動論的自己コントロール法

 適切な行動を目指す最終目標は、患者自身がいかにして適応行動を自己の統制下に置くかという事である。行動療法においても、行動療法の諸技法や学習の諸原理を組合わせて患者自身でそれを応用しながら自己コントロールする方法が考案されており、これらを指して行動論的自己コントロール法という。具体的には、環境調整、オペラント条件付けを応用して適応行動を自分で強化する自己強化法、自律訓練や系統的脱感作を用いて自ら不安を克服するもの、適応行動への強化や不適応行動への負の強化をイメージ下で行なう潜在条件付け、バイオ・フィードバックが用いられる。

(9)行動論的カウンセリング

 不適応行動が誤学習の結果ないし適応行動の学習の欠如に原因があるとする以上、不適応行動へのカウンセリングも不適応行動の除去と適応行動の学習を援助することになる。この行動論的カウンセリングは、J.D.クロンボルツらによって提唱された。一般にカウンセリングで目標となっているような人格の再統合とか自己実現の達成といった抽象的な目標ではなく、患者の問題ごとに具体的な目標を設定しカウンセリングを進める。例えば、望ましい考え方や発言は激励や承認で強化し、望ましくない態度や反応は積極的関心を示さずに消去していくオペラント条件付けの原理を用いたり、患者の治療目標の参考となるようなモデルについての観察や本を読むことなどのモデリング学習の応用、状況認知の不足や現実認識の歪みの修正が治療目標であれば認知学習の原理を用いるなどである。そして行動論的カウンセリングで重要なことは、治療目標達成のために患者が日常生活で実践すべきことを指導することであり、そのために患者と関係の深い人への指導を行なうこともある。

(10)ソーシャル・スキル・トレーニング social skills training ; SST

 不適応行動の原因を、対人場面で相手に適切かつ効率的に反応するための言語的・非言語的能力である社会的スキルの欠如としてとらえ、不適切な行動を修正し、社会的場面や対人関係で要求される社会的スキルを学習させながら対人行動の障害やつまずきを改善する技法。精神科領域では生活技能訓練と呼ばれることが多い。当初、対人不安や緊張を示す成人や統合失調症やうつ病の対人行動を改善する目的であったSSTは、学業不振、学習障害、精神遅滞や自閉症を抱える人々にまで拡大し、さらに不適応行動へ陥らぬようにより健全な適応行動を児童期から教えるという考え方がL.ミッチェルソンらによって提唱されている。SSTは効果が実証的に確かめられている諸技法を組み合わせて行ない、ステップとして、(1)学習者に社会的スキルの意義と重要性を説明し、(2)習慣とすべきスキルのモデリングを行ない、(3)次に学習者が実践するリハーサル、(4)それに対する強化や修正などのフィードバック、(5)習慣としたスキルを日常生活に一般化するための実際の場での実践が行なわれる。SSTで教えられる社会的スキルは、相手を傷つけないように要求したり断ったりするための主張性スキル、相手との利害対立や葛藤などの問題を克服するための社会問題解決スキル、人との円滑な関係を形成・維持するための友情形成スキルに大別できる。

 

来談者中心療法 client-centered therapy

 来談者中心療法は、1940年代にC.ロジャーズによって創始された心理療法である。発展に伴い、対象は患者、クライエント、パーソン、社会と変わり、それに伴って名称も非指示的カウンセリング、クライエント中心療法、体験過程療法、エンカウンター・グループ、パーソン・センタード・アプローチと変わってきている。こうした発展の中で一貫している基本的仮説が二つある。一つは、人間は不一致から一致へと進む方向を持っており、有機体が持っている「有機体を維持し強化する方向に全能力を発展させようとする有機体に内在する傾向」である自己実現傾向への信頼である。もう一つは、この実現傾向は、自己一致、無条件の肯定的関心、共感的理解をクライエントが感じることができるという建設的なパーソナリティ変化の必要・十分条件を備えた特殊な人間関係で開放されるという事である。この治療とパーソナリティ変容の理論についてロジャーズは、1957年に「治療によるパーソナリティ変容の必要・十分条件」の論文でさらに述べている。これは、もし(if)ある条件がそろえば、(then)その結果どのような変容がもたらされるかという理論である。その条件とは、
(1)二人の人間が心理的接触を持っていること
 クライエントが、治療者は自分に関心を持ち理解しようとしているという雰囲気を感じ取ること、いわば意志の疎通性(ラポール)が存在することを意味する。さらに治療者とクライエントの両者の経験の知覚には差異があり、この差異を自覚しようと思えば自覚できることが大事である。
(2)クライエントの条件・状態(クライエントの不一致状態)
 クライエントの状態をロジャーズは、不一致、傷つきやすい、不安である状態といっている。ロジャーズのパーソナリティ理論の中核は、経験と自己構造(自己概念)であるが、不一致とは経験と自己構造の間に矛盾やズレが多い状態をいう。経験は体感的に意識される可能性のある潜在的なもの全てを指し、自己構造は個人の特性や対人関係、価値についてのパターン化された知覚を含み、awarenessに役立ち、流動的に変化する。不一致は、内的にはクライエントの不安や傷つきやすさで、外的には脅威であり、実際の行動では防衛となって現れる。クライエントはこの不一致の状態からより一致の状態を達成しうる人のことをいう。
 次の(3)〜(5)はセラピストの条件である。
(3)治療者の一致、真実さ
 セラピストの第一条件であり、経験と自己構造が一致し、統合できていること。ロジャーズは後に、真実さ、誠実さ(genuineness)と言い換えている。
(4)無条件の積極的関心の経験
 従来、受容と呼ばれていたが、誤解されやすいために変更されている。この条件は、クライエントの経験している全ての側面を相手の一部として温かく受け止めることを意味する。
(5)共感的理解とその伝達
 ロジャーズは、このセラピストの第三条件が最も重要であるとしている。セラピストが治療場面でクライエントの経験や感情を正確に敏感に知覚し、その意味を理解する能力のことである。ロジャーズは、共感的であるとは、クライエントの世界をあたかも自分自身のものであるかのように感じ取り、しかもこの「あたかも〜のように、as if」を失わないことであると述べている。さらにその理解しつつあることをクライエントに伝えることが重要である。そしてその内容は、クライエントに対してセラピストが無条件の積極的な関心と共感的理解を抱いていることであり、言語的・非言語的方法によって知覚されなければならない。
(6)治療関係の一定期間の継続
 建設的なパーソナリティ変容が生じるためには、(1)〜(5)一定の時間と回数が積み重ねられることが重要である。

 

治療過程でのクライエントの変化

 ロジャーズは治療過程で生じる変容を1つの連続体ととらえ、概念化しようとした。治療関係で生まれるものは、ある固定の状態から別の固定の状態へ移行していくのではなく、むしろ重要なのは固定の状態から動的な過程へ移行していくことである。ロジャーズはその変容を7段階にわけ、実際の面接記録をもとに過程尺度(process scale:7段階法)を考案している。また、以下の12の特徴を記述した。
 @クライエントは、次第に自分の感情を自由に表現するようになる。Aその感情は非自己よりも固有の自己に関したものが多くなる。B自分の感情や知覚などの経験を正確に知覚し、弁別してくる。C表現する感情は経験と自己構造の不一致に関するものが多くなる。D不一致による脅威を意識的に経験する。E意識していなかったり歪曲していた感情を十分に経験する。F自己概念は歪んでいた経験を同化し再構成される。G自己構造の再構成によって自己概念は次第に経験と一致し、防衛も減少する。H脅威を感じることなく無条件の積極的関心を経験する。I無条件の自己関心を感じるようになる。J自分自身を評価の主体として経験する。K有機体の経験する価値付けの過程に基づいて反応するようになる。
 批判として、以下の点が挙げられている。
 @対象は比較的自我統合のよい健康な人たちで、自分の人生によりよい充足を求める人に最も適している。A出会いや治療関係の質は必要条件だが、十分条件ではない。技法や専門的訓練を軽視している。B意識的現在的経験を過大視し、歴史的無意識的決定因、環境因、遺伝素因など他の要因を軽視している。C基本的な用語が曖昧で明確な定義を欠いている。体系的な理論化や実証不可能な曖昧な一般化が幅を利かせている。

 

エンカウンター・グループ encounter group

 狭義にはロジャーズのベーシック・エンカウンター・グループをさすが、他にレヴィンらのTグループや感受性訓練がある。これは、心理療法よりも心理的成長を志向する成長志向グループである。この小グループでは、通常ファシリテーター(リーダー。1名か2名)とメンバー(8名から20名)で構成され、4,5日間の合宿形態を取る。グループは指示的なものも非指示的なものもあるが、話題を決めない自由な話し合いを中心に過ごし、その中で真実の対話と自己の探求が行なわれる。ファシリテーターの質とグループの雰囲気が効果を決定付ける。グループ体験の特徴としては、日常性からの離脱、集中的グループ経験、率直な感情表現、個々人の尊重、権力の分散、ファシリテーターのメンバー化が挙げられる。グループ経験を通し、自分が理解され受け入れられていると感じると、自分自身を防衛する必要がなくなり、自分の感情にも気づくようになるのでより現実的で客観的になる。グループの安全さが自他への態度を変え、恐れを抱かなくなる、他者への理解と受容が増大する。自分の生き方に責任を持つようになる、他者への信頼感と共に自己への信頼感が増す、などが挙げられている。
 コーチン(1975年)はグループの抱える問題として、グループの効果が持続しない、グループで心理的損傷が起こる場合がある、自由な自己表現の肯定が逸脱した行動の肯定と同義になりやすいこと、科学的議論ではなく宗教的情熱で推進されていること、などを指摘している。

 

フォーカシング focusing

 体験過程療法と以前は呼ばれていた、ロジャーズの共同研究者ユージン・ジェンドリンが創始した概念で方法。心理療法の成功はクライエントの感情体験と深く関わるが、この感情は身体感覚として体験される。これを明確化する過程がフォーカシングである。
 フォーカシングの過程としては、@空間を作る、Aフェルトセンス、Bハンドルをつかむ、C共鳴させる、D尋ねる(問いかける)、E受け取る、などが挙げられている。フェルトセンスとは、ある特定の状況における身体感覚であり、意識と無意識の境界領域で形成され、独特で明白だが最初ははっきりしない雰囲気として感じられるだけであり、内的に複雑だが全体として体験され、体験を積み重ねることで進み、そのプロセス自体に成長の方向があるという特徴を持つ。その時にはフォーカシング的態度が重要であるが、それは基本的にロジャーズのクライエント中心療法におけるセラピストの基本的態度と類似している。パーソナリティ変化を促す体験的一歩を促す技法として、@微妙な雰囲気を聞き取り、確認する、A「そこにある何か」を作り出すために応答する、Bハンドルとなる言葉やイメージを見つけ、共鳴するかどうかを感じ取る、Cフェルトセンスを呼び出し、フォーカスするように働きかける、Dそれに軽く触れ、それを感じ、そのそばにとどまるための教示を与える、Eフェルトセンスに友好的態度で接し、そこから生じる全てを優しく受け取る、などが指摘されている。

 

遊戯療法 play therapy

 通常の心理療法では言語を媒介として治療が進むが、言語を媒介とすることが困難な子供は遊びを中心として進められる。遊戯療法は、フック-ヘルムート(1921)が子供の問題行動の治療に遊びを取り入れたのがはじめといわれ、1920年代から1930年代にかけて、A.フロイトやM.クラインの精神分析的療法で展開した。その後アクスラインが来談者中心療法を子供に適応したり、D.カルフはローエンフェルトの世界技法を箱庭療法に発展させるなど、様々な展開をしている。大きくは感情転移を重視し精神分析的解釈を行なったM.クライン、治療的人間関係の形成を重視したF.アレン、遊びの治癒力を重視したD.ウィニコットの三つに分かれる。
 遊びそのものに治療的な意義があることはアクスラインやエリクソンをはじめ多くの専門家が指摘しているが、プレイルームで子供を遊ばせておくだけで改善がみられるならば、介在する治療者の価値はない。極論すれば、遊ぶだけでよいならばプレイルームすら必要はない。遊戯療法の場合、遊びの治療的意義だけではなく、介在する治療者の意味、子供と遊びと治療者の関連について検討されなければならない。遊戯療法の対象には、場面緘黙症、不登校、心身症、PTSDなどの神経症圏の子供であり、子供の側の要因と環境側の要因との相互作用によって生じている点では大人と同様である。しかし子供の場合には心身の機能が未分化で自我の発達が不充分であることから、大人とは異なる配慮が必要である。子供を相手にする場合、どの年齢層の子供がどのくらいの遊びをするのか、一人遊びの段階なのか協同遊びの段階まで発達しているのか、傍観的行動が多いのか、言葉がどのくらい使えるのかの発達的視点からとらえておくことや、親の面接、子供のパーソナリティの把握も重要である。子供の問題行動の理解が進むと、遊戯療法の適用が適切か否かの吟味がされ、治療目標が検討される。
 遊戯療法の基本は、学派を問わずアクスラインの8つの基本原理を基本として用いている。8つの原理とは、@治療者は子供と温かく優しい関係を作る、A子供をありのままに受け入れる、B子供との関係に自由な雰囲気を作り感情を自由に表現できるようにする、C子供の感情をいち早く読みとって子供に示し、子供の行動の意味を洞察しやすいようにする、D子供が自分の問題を解決し成長してゆく能力を持っていることを知るようにする、E子供のすることやいう事に口出しをせず自己治癒力を信頼する、F治療はゆっくりしたものであるため早めようとはしない、G子供が現実から遊離しないように必要最低限の制限を加えること、である。
 遊戯療法は一般的に1週間に50分程度のペースで行なわれ、この時間は子供が自由に動ける空間が提供される。セラピストは相当な許容度を持って子供に受容的に接し、子供の主体的な動きを尊重する。そこで子供は「自由な自己表現と守られている確信感」を得ることができるという。そのため、プレイルームは玩具や遊具を備え、攻撃的な遊びに耐えられるように照明やガラスにも耐久性が求められる。また、親面接を同時に進めることが一般的であり、親の面接担当者は、面接の場が親にとって責められる場ではなく治療に参加していける場であることを示す配慮が必要である。親面接の意義は、治療の動機付けに乏しい子供の治療関係の維持、情報の収集と提供、親への心理療法などがある。自閉症児や精神遅滞児に関しては、器質障害説が定着してからは治療効果が乏しいと批判を受けて下火になった時代があったが、心の理論や社会性障害が注目されるようになった1990年代から、再び実施されるようになっている。しかし身体要因についての心理療法の効果は不明確であり、遊戯療法に限らず、今後の課題といわれている。

 

箱庭療法 sandplay technique

 クライン派のローエンフェルトの考案した世界技法を、D.カルフがユングの理論をベースに発達させた技法。日本には1965年に河合隼雄が紹介している。箱庭は、砂の入った木箱と様々なミニチュアが用意され、クライエントは砂の上に自由にミニチュアを並べたり砂で山を作るなどのイメージ表現を行なう。遊び的な要素と構成的な要素があり、子供だけでなく、言語的なやり取りに詰まった場合などに大人にも導入される場合がある。言語ではない象徴的な表現をするため、強い情動体験を持って治療を進展させることができる可能性がある。しかし、クライエントの内的イメージを深く揺さぶるため、自我の統制力の弱い精神病圏の患者には、寛解期以外は禁忌となっている。

 

危機介入 crisis intervention

 危機状態にある人に対して、その問題発生状況に応じた集中的で具体的な働きかけを行なうことで、バランス状態を元の状態やよい状態に回復させる心理的援助の方法。危機状態とはキャプラン(1961)によれば、「人生上の重要目標の達成が妨げられたとき、初めに習慣的な課題解決方法を用いて解決しようとするが、それでも克服できない結果発生する状態」と定義している。危機状態とはネガティブな意味のみではなく、成長を促進する可能性を意味している。また、危機はライフサイクルの中で(発達的危機)、また家庭、職場などの生活場面で(偶発的危機)発生する。危機状態そのものは病気ではないが、対処に有効な手段を使い果たして病的な症状を示すし、時間的には急性で通常1〜6週間ほどである、という特徴を持つ。危機介入の目的は、危機状態に陥っている人に少なくとも以前のような均衡を回復させることが目的であるため、人格構造の変革や成長を目指すカウンセリングや体験学習とは異なる。危機介入の方法は、@まず危機状態の程度の査定を精神症状、行動障害から行ない、本人の健康度や問題解決能力、緊急保護の必要性を検討する。A次に、危機状態を生じさせた事件や本人の状況認知、対処してきた行動パターン、利用した準備資源を調べ、B介入計画を作成し、実行・修正のプロセスが繰り返される。危機介入は、限られた時間や回数で対処することが要求されるため、現時点の主要問題の解決にエネルギーが集中され、対象もその人だけではなく、家族や職場関係、その他の関係機関との連携も含まれている。

 

援助行動 helping behavior

 援助行動は、外的な報酬や返礼を目的とせず、自発的に行なわれる他者に利益をもたらす行動である。従って、贈答や社会的役割に基づく人助けは援助行動に含まれない。援助行動研究は、38名もの市民が目撃しているにもかかわらず、誰も駆けつけず警察への通報も遅れたことから犠牲者が死に至った、1967年のキティ・ジェノヴィーズ殺害事件を契機に高まった。ラタネ&ダリィ(1970)は、援助要請者の周囲に多くの他者が存在することにより援助行動が抑制されることを傍観者効果と呼び、これが生じる理由として、援助すべき責任が傍観者に分散される「責任の分散」、周囲の他者も援助しないのを見て援助の必要のない状況と解釈する「社会的影響」、他者からの評価を気にする「聴衆抑制」の三つを明らかにした。
 以降、援助行動の規定因、意志決定過程、援助行動の習得に関する研究が数多く行なわれた。援助行動の規定因に関しては、傍観者の存在のほかに、援助者の気分や共感性、性別、年齢、外見や人種、動機づけなどの個人的特徴や、援助モデルの存在や、規範などの社会的文化的要因が検討されている。意志決定過程について、ラタネら(1970)は認知過程に焦点を当て、潜在的援助者が@緊急事態に気づき、A緊急事態と判断し、B援助責任を自分にあると判断し、C自分の被る危険性を考慮しながら介入様式を決定し、D介入を実行する、としている。この場合、見知らぬ場所や他者がいる状況では緊急事態に気づきにくく、社会的影響が生じると判断が妨げられ、多数の傍観者が存在すると責任の分散が生じるため援助行動は生起しにくくなる。また介入の能力がなかったりコストが高いとやはり援助は生じにくい。一方ピリビアンら(1982)は、緊急事態で他者の困窮を観察することが不快な感情を喚起し、その不快さを低減しようと動機づけられるという、感情に注目したモデルを提唱している。社会的規範が援助行動を促進することに注目したアプローチでは、援助を求めてくるものは助けなければならないという社会的責任性の規範、他者から受けた利益や好意に対して、それと同等のものを返すべきであるという返報性の規範、援助行動に報酬や結果が関係する公正規範が関係するとされている。

 

社会的促進 social facilitation

 報酬や罰などの具体的働きがなくても見物者や共行動者の存在により個人の遂行行動が促進される現象を社会的促進といい、オールポート(1924)によって名づけられた。それに対し、難しい課題を遂行するときには他者の存在が遂行を悪化させる場合もあり、これを社会的抑制という。ザイアンス(1965)は、ハル&スペンサーの動因理論からこの現象を説明し、見物者や共行動者の存在は、個人の一般的覚醒水準や動因水準を高めることによって優勢反応の生起率を増大させるとしている。つまり優しい課題では正反応が優勢であるため課題遂行が促進され、難しい反応であれば誤反応が優勢になるため課題遂行は抑制される、という仮説である。それ以降、課題の遂行者が自分が評価の対象となっているという不安感が必要であるというコットレル(1972)の評価懸念説や、サンダース(1981)の課題と他者の両方に注意を向けることにより生じる葛藤状態が喚起水準を高めるという注意のコンフリクト仮説、ウィックランド(1975)の自己客体視理論では、他者の存在は自己客体視の状態に導く刺激条件の一つであり、課題遂行水準と理想水準との差異の低減行動が重視されている。ボンド(1982)の自己呈示的立場では、観察者や共行動者に好ましい印象を与えるために個人がどのような遂行行動を取るのかが問題にされている。

 

社会的手抜き social loafing

 集団で共同作業を行なう場合、一人あたりの作業量が人数が多いほど低下する現象で、社会的怠惰ともよばれる。ラタネら(1979)は、これが共同作業に伴うロスではないことを現実集団と擬似集団を用いた実験で示している。集団の人数を変えて大声を出させたり拍手をさせたりすると、人数が増えるにつれて個人の遂行量は下がった。これは、個人の努力量が明らかになりにくく、ポジティブな結果に対する評価が得られないことと、ネガティブな結果の責任を回避できることが原因と考えられている。また社会的インパクト理論では、一生懸命やらなければならないという社会的圧力が、集団の人数が増えるにつれ小さくなるから、という説明をしている。

 

社会的インパクト理論 social impact theory

 他者の存在が個人の遂行行動に与える影響を定式化しようとする考え方で、ラタネ(1981)は援助行動の抑制や社会的手抜きを含む広範囲の現象をこの理論で説明しようとしている。個人が受ける社会的インパクト(Imp)は、影響源である他者の強度(S)、他者との直接性(I)、他者の人数(N)の相乗関数「Imp=f(S×I×N))として定義される。また、影響源となる他者の人数だけが増加した場合、個人が受ける社会的インパクトは複合されて大きくなる(大勢の人の前でのあがりなど)。逆に影響源は一人でこれを受ける個人の人数が増加すれば社会的インパクトは分散し小さくなる(援助行動の抑制など)。

 

攻撃 aggression

 Barron(1977)の定義によると、攻撃とは、「危害を避けようとする他人に危害を加えようとしてなされる行動」である。攻撃の定義は簡潔であるが、いくつか特徴がある。第一に、攻撃は感情や動機のような内的状態ではなく外に現れた行動である。第二に、相手に危害を加える意図がある。第三に、肉体的な損傷だけではなく言語的間接的危害も含まれる。第四に、対象が無生物ではなく人間に危害を加える行為である。第五に、危険を避けようとする人に危害が加えられる、という点に特徴がある。
 攻撃行動の理論には大きく分けて、本能行動、欲求不満-攻撃仮説、社会的学習説、の三つがある。フロイトによれば、人間には生の本能(エロス)と自己破壊に向かって働く死の本能(タナトス)がある。死の本能は抑制されなければ生命の終焉をもたらすため、転移によって外部に向けられ、その結果他人に対する攻撃が生まれるとしている。またローレンツは、攻撃の動機づけが攻撃本能に由来するとし、内的衝動と外的刺激のニ要因からなる水圧モデルで攻撃反応を説明した。欲求不満-攻撃仮説を提唱したダラードら(1939)では、攻撃は欲求不満に対する反応として獲得された動因であるとした。最近では、内的要因と外的要因の両方が強調され、バーコヴィッツ(1969)は、攻撃の可能性は、攻撃へのレディネスと攻撃を誘発する外的手がかりの両方に依存するとしている。バンデューラの社会的学習説では、攻撃は本能や動因ではなく、個人が学習したモデルの結果である。攻撃反応の学習で重要なのは、攻撃の際の随伴経験であり、攻撃に続いて正の報酬を受けたり罪を免れれば、攻撃行動は強化される。また、直接学習以上に重要なのが観察学習であり、バンデューラ(1973)は、人が他人の攻撃を観察するだけで今までしなかった新しい攻撃をするようになることを示している。

 

リーダーシップ leadership

 リーダーシップとは、集団目標の達成・集団の維持に向けて、集団のある成員が他の成員に対して肯定的な影響を及ぼす過程である。リーダーシップは必ずしも一人が取るものではないが、公式集団になると役職者の役割行動的な色彩が強くなる。成員がリーダーからの影響を受け入れやすいのは、通常リーダーの方がより大きな社会的勢力を持つからである。
 社会的勢力とは、個人が他者の行動や態度を変化させることのできる潜在的な影響力を指し、フレンチ&レイブン(1959)は、勢力資源に基づく5種類の勢力を挙げている。報酬勢力と強制勢力は人物Aが人物Bに物理的・心理的な報酬や罰を与える力を持つこと、正当勢力はAがBの行動に影響を与える正当な権利を有すること、専門勢力はAが特定の技術や知識に関する専門家であること、参照勢力はAがBからの同一視や好意を向けられることで生じる勢力関係である。
 リーダーシップに関する理論の多くは、どのようなリーダーシップが最も効果的に他成員に影響を及ぼすか、を焦点にする。初期ではリーダーの特性が研究されたが、一般的にリーダーは知能や自信、社交性、達成志向性がわずかに高いものの、研究間で一貫しないために個人特性だけではリーダーシップの解明に限界がある。そのため研究は、リーダーの特性から行動へうつり、行動論的・機能的研究が進んだ。これらの研究からリーダーシップ機能は、集団目標達成機能と集団維持機能の二つに分けられることが判明している。三隅(1984)は、このニ機能に相当するP機能とM機能に焦点を当てたPM理論を提唱した。P機能は目標達成の計画を立てたり指示を与えるリーダーの能力であり、M機能は成員の立場を理解し集団に親和的な雰囲気を生み出す機能である。それらから、集団の生産性の高さが導き出されるとしている。
 古典的なリーダーシップ・スタイルではレヴィンら(1939)の研究が知られている。レヴィンは民主型、専制型、放任型の三つを設定し、それぞれが成員の行動や態度に及ぼす影響を検討した。その結果、民主的なリーダーのもとでは能率的で集団の雰囲気もよい、専制的なリーダーのもとでは作業量は多いが意欲に乏しい、放任型のリーダーのもとでは非能率的で意欲も低いというものであった。この研究は多くの研究を生み出したが、以後の研究結果は必ずしも一貫していないため、PM理論などのリーダーシップ機能を考慮した理論が出現した。また、リーダーシップ行動の結果は課題の特性などの状況要因によっても異なることから、コンティンジェンシー理論(状況理論)が数多く提唱され、その代表がフィードラー(1967)のコンティンジェンシー・モデル(状況即応モデル)やハーシー&ブランチャード(1972)のSL理論やパス=ゴール理論である。特にコンティンジェンシー・モデルでは、課題志向性-関係志向性の次元で測定されるリーダーの特性と集団の生産性との関係が、リーダーと成員との関係、課題の構造、リーダーの勢力の三要因の組合せからなる8つの集団状況によって変動するという。リーダーシップのスタイルは、リーダーの好ましくない成員への許容性を測るLPC得点によって評価され、リーダーが集団を統制しやすいあるいはしにくい状況では課題指向的なリーダーが、中間では関係志向的なリーダーがよい成績を上げやすいという。また近年では、リーダーのカリスマ性や成員の士気鼓舞の結果集団に革新をもたらす変革型リーダーシップなどの視点も提唱されている。

 

集団 group

 集団とは、二人以上の人々に形成され、人々の間で持続的な相互作用が行なわれ、規範が形成され、共通の集団目標と目標達成のための協力関係が存在し、地位や役割の分化が見られ、同じ集団の成員の社会的アイデンティティを共有して外部との境界が意識され、集団への魅力や愛着を感じる、という諸特性を有している。集団の機能には、一般には目標達成機能と集団維持機能の二つがある。集団が個人に影響を及ぼすことを考える場合、地位と役割、集団規範、凝集性、コミュニケーション・ネットワークの4つが特に重要である。この4つの特徴をどの程度備えているかは集団によって異なり、状況によっても変化する。レヴィンが集団と成員に関する行動科学を「グループ・ダイナミクス」と呼んだように、集団は安定的・静的なものではなく、外部環境に影響を受けながらダイナミックに変化するものであるといえる。

 

地位と役割 status/role

 社会の中で人々は特定の位置を占めるが、その順序的な位置を社会的地位といい、特定の地位にある人に期待される行動様式を役割という。役割が集団成員に適切に割り当てられ、遂行されることによって集団目標の達成が促進される。集団成員間の関係の安定したパターンを集団構造といい、課題遂行や成員の意欲に影響を及ぼすが、役割の概念にはアリやミツバチの分業社会に相当する生物学的な役割と、社会化の過程を経て個人が内在化した社会規範のような社会的役割がある。人間の遂行する役割は、多くが社会的に学習され獲得されたものである。

 

集団規範 group norm

 集団内の大多数の成員が共有する判断の枠組や様式のこと。集団規範は、規則として成文化されたものもあるが、暗黙のルールとして存在する場合が多い。集団規範は、成員の行動だけでなく知覚、評価、感情などにも影響を及ぼすことがあり、集団斉一化への圧力をもたらす要因となる。自動運動を用いて実験を行なったシェリフ(1935)の研究では、個々人でばらばらであった被験者の判断値が集団では一つに収束していき、判断の準拠枠が形成されて行くことを示した。集団規範は成員が自分の置かれた環境を解釈し予測する助けとなり、肯定的な社会的アイデンティティを維持することができるが、規範からはずれた言動をするものに対しては同調するように直接・間接を問わず集団圧力が加えられる。

 

凝集性 cohesiveness

 フェスティンガー(1950)の定義によると、集団凝集性は「集団成員を集団にとどまらせるように作用する力の総量」である。基本的には、集団の統一性や結束などの全体的特徴を表すが、具体的には成員間の対人的な魅力度や集団の魅力度など、個人の側から見た集団の魅力として測定される場合が多い。それ以外では、モレノのソシオメトリーによる測定も用いられる。集団凝集性は、メンバーの動機付けや課題遂行を高め、集団規範への同調を促し、集団の崩壊を阻止するが、集団に革新が求められる場合には有害な要因になりうる。例えばジャニス(1982)では、意志決定場面での集団思考の一つの要因は、集団の高い凝集性にあることを指摘している。また、凝集性が高い集団ほど集団圧力は強くなり、集団成員に対して集団規範に同調するように働く力は強くなる。

 

コミュニケーション・ネットワーク communication network

 集団内の成員間に見られるコミュニケーション構造で、成員とコミュニケーション・チャネルによって構成され、成員を点、チャネルを線で表現して図式化される。リーヴィット(1951)の先駆的研究では、成員の中心性/周辺性が異なるサークル型、チェーン型、Y型、ホイール型という4種のコミュニケーション・パターンが実験的に設定され、問題解決の効率や作業への満足度が比較された。その結果、中心・周辺に関する役割分化度の低いサークル型では効率は悪いものの満足度が高いこと、単純な課題ではホイール型の効率がよく、複雑な課題ではサークル型の効率がよいことが示されている。ソシオメトリック・テストによって作成されるソシオグラムも、コミュニケーション・ネットワークを一定の制限のもとに表現したものといえる。現在ではグラフ理論を応用した数理社会学的なネットワーク分析やシュミレーション研究も行なわれている。

 

集団意志決定 group decision making

 複数の人々が合議によって共通の決定を下す過程は、当然個人の決定と異なる。また投票などによる集合的決定とも異なり、成員間の合意形成のために直接的な相互作用を前提とする。そのため、グループ・ダイナミクス研究の中心的なテーマとなっており、他の社会科学との共通部分も多い。
 よく知られた研究として、集団極性化がある。ストナー(1961)は、選択葛藤問題を用いて集団意志決定の研究を行なったが、その結果、個人で決定を行なった場合よりも集団決定の方がより危険性の高い決定になることを見出した(リスキー・シフト)。この結果は集団や官僚制の保守化傾向とは異なる結果であり、理由として、集団によって勇ましい議論が出がちであることや責任の分散が生じることが考えられた。しかし、項目によってはより慎重な決定がなされることもあり、その後のモスコヴィッチ&サバローニ(1969)の研究では、個々人がもともと持っている傾向が集団全体により極端な方向に強められる、集団極性化の現象が示された。
 集団極性化の説明理論として、情報的影響と社会的比較の考え方がある。情報的影響は、他者の議論を聞くことで自分以外の意見を知ることができるため、意見がより強まるというものである。これに対し社会的比較は、討議の過程で他者より先んじた意見を提示することが望ましいと判断されると、他者より極端な意見や立場を主張することで肯定的な立場を維持しようとし、その結果集団極性化が起こるという。また自己カテゴリー化理論(ターナー、1987)では、集団成員としての自己のアイデンティティをとらえ、その集団規範を内在化することで当初の意見が強まるという考え方である。

 

集団思考 groupthink

 集団の決定の質が個人の決定の質に必ずしも勝らないことは、ベトナム戦争の泥沼化やケネディ大統領のキューバ侵攻、スペースシャトル爆発事故直前の打ち上げの決定過程など、歴史的にも重要な事実である。それは、集団の中での意見の一致追求傾向を中心として、批判の抑圧や集団全体の過度の楽観主義、外集団への蔑視やステレオタイプ的思考などの傾向に陥り、集団討議の質を低下させることにより生じる。この傾向は、外部のストレスやリーダーシップの問題により促進される。集団思考は凝集性の高い集団でよりみられるが、他に決定ルールが全員一致を要求するときや決定のコストの高いときに誤った選択肢への固執が生じるときなど、他の要因が重なったときに集団思考が生み出されるという指摘がある。

 

準拠集団 reference group

 個人の意見、態度、判断、行動などの基準となる枠組みを準拠枠といい、この枠組を提供する集団を準拠集団という。一般には家族や友人などの近隣集団や所属集団であることが多いが、かつて所属していた集団や将来所属したいと望んでいる集団も準拠枠形成に影響を与える。例えばハイマン(1942)は、集団内の自己の地位評価の準拠点として、この概念をはじめて使用した。マートン(1949)は、集団規範が内在化されて行く準拠集団過程、その選択過程、社会的機能の理論化を行なっている。またシェリフ(1936)は、光点の自動運動を用いて、個人ではばらつきのあった判断が集団で行なうと一つの判断基準が形成され、後々まで影響することを示した。ニューカム(1963)のベニントン研究と呼ばれる25年にわたる研究では、大学のキャンパスを準拠集団とした女子学生は学年を追うごとにリベラルな方向に態度変化を示したのに対し、閉鎖的な友人関係や家族や出身地との癒着が強いものは保守的な態度で、25年後の追跡調査でも態度を維持していることを示した。ハイマンやマートンの研究は、集団内での他者との比較で自己の立場を決定するという比較準拠集団を、シェリフやニューカムの研究は個人の規範を提供する規範準拠集団を扱ったものである。

 

社会的アイデンティティ理論 social identity theory

 集団間の葛藤の生起過程を説明するため、タシフェル&ターナーにより提唱された理論。人は一般に明確なアイデンティティを確立し、他者との比較を通して自己評価を行なうように動機付けられる。しかし内集団における自己の所属性が強く意識される場面では、内集団・外集団間の境界を明確にして前者を後者より高く評価することでこの動機を満たすことができる。こうした集団間の社会的比較過程が、集団間の差別や内集団びいきを引き起こし、集団間の葛藤や偏見に至ると説明されている。集団間行動を個人内の認知的・動機的概念によってとらえたことが特徴的で、実際的利害対立といった構造的要因による説明を試みた他の理論とは対比をなす。

 

自己カテゴリー化 self-categorization

 社会的アイデンティティ理論において、集団間行動の主要な規定因として想定された、内集団との自己同一視という概念を操作可能にするためにターナーら(1987)により提出された概念。ある個人が内集団として認知できる集団・カテゴリーは多数あるが、それらは包括性において階層構造を持つ。これはもっとも包括性の高い「人類」カテゴリーから、人類・性別などの中レベルのカテゴリーや所属集団、最も包括性の低い自己へと至る。自己カテゴリー化において、中レベルの集団・カテゴリーはカテゴリー内類似性とカテゴリー間相違性を最大にするため基本的カテゴリーとして顕在化しやすく、内集団成員の行動を規定しやすいと考えられる。ターナーらはこの視点から、集団規範とその影響、集団極性化、集団間原因帰属などの現象について説明を試みている。

 

内集団/外集団 in-group / out-group

 自己が所属する集団を内集団、それ以外の集団を外集団と呼ぶ。一般に、内集団への所属意識が強まれば強まるほど、集団への愛着や忠誠心が高まる。外集団成員よりも内集団成員に対し、より好意的な認知・感情・行動を示す傾向(内集団びいき)が生じ、逆に外集団に対しては偏見、ステレオタイプ的認知、差別的行動が多く見られるようになる。つまり、内・外集団の境界の認知は、集団間行動の心理的基礎をなしている。

 

最小社会状況 minimal social situation

 集団と個人の関係や集団間の関係にとって最小単位の要因を調べるために考案された実験室状況。タジフェルら(1971)のものが有名。内集団・外集団間の境界は社会的に無意味な基準に基づき、行動の主体も対象も全て匿名で、典型的には成員間の相互作用もない。また、自らの行動は自己の利害に影響を及ぼさないよう設定されている。このような状況でも、内集団には協力的、外集団には差別的という「ひいき」的判断や行動が見られることが多い。

 

同調 conformity

 他者や集団の基準と同じ行動を取ることあるいは期待に沿う方向に変化させることを同調という。アッシュ(1951)は、線分の比較判断課題を用いて同調に関する実験を行なった。アッシュは1人の被験者と7人の実験協力者の集団を作り、実験協力者にわざと間違う回答をさせた。すると、全施行で誤答は32%に上り、74%の被験者が少なくとも1回は誤った回答をした。また、実験協力者が3人のときに最も強い同調が生じ、それより人数が増えてもあまり変化はない。その後の研究では、同調率は課題の重要性や困難度、あいまいさや他者の判断とのズレ、集団凝集性が増すほど増大し、失敗体験や自信が低下しているものは同調しやすい。しかし、自己に対して社会的指示があるときには同調率は減少し、多数派の全員一致が破られれば、同調率は激減することが見出されている。
 またドイッチ&ジェラード(1955)は、同調過程に規範的影響と情報的影響の2種類の影響力が作用することを指摘している。規範的影響とは、受容されたいという動機付けに基づいて多数派の行動や基準と一致する方向に自分の行動を変化させることで、情報的影響は正しい判断を下したいという動機付けに基づいて他の集団成員の意見や判断を参考にした結果、自分の判断や行動を変化させる過程である。アッシュの同調性の実験では、規範的影響による同調が主であったと考えられる。またケルマン(1958)は追従、同一化、内在化の3タイプの影響を想定した。表面的に行動を一致させるが信念や態度は変化させないのが追従であり、影響源が賞罰を持つときに生じる。影響源が魅力的であり類似した存在でありたいと思う場合、自分の信念や態度をかえる同一化が生じる。また、他者の主張に信憑性があり納得して信念や態度をかえる場合、内在化が生じる。しかしモスコヴィッチ(1976)は、社会的影響の研究が同調に偏りすぎていることを批判し、アッシュとは逆に集団内少数派の影響を研究している。

 

少数派の影響 minority

 社会的影響過程の研究で少数派に関しては、多数派の影響下にあるネガティブな点が強調されてきた。モスコヴィッチ(1976)は従来の同調中心の研究を機能モデルと称して研究の行きづまりを批判し、集団の変化に焦点を当てて集団内少数派が果たす役割を肯定的な意味付けをする発生モデルを提唱した。そこでは、集団内の個人すべてが影響力を受ける対象であると同時に、影響源であるという前提に立つ。そして人間関係で決定的なのは葛藤の存在であり、これが人々を接近させる動因とする。モスコヴィッチは社会的影響を、多数派も少数派もなく同じ状況にある個人が妥協によって葛藤を回避する「規範化」、多数派の方向に葛藤を解決し集団を安定させる「同調」、少数派の方向に合意が向くように葛藤を作り出す「革新」の3様相に分けた。少数派は問題に対して新しい意見を導入し、集団内一貫性を混乱させて集団内に葛藤を創造する。その後も少数派は妥協を拒否し、多数派からの譲歩を引き出し自らの立場を受容させて集団に革新をもたらすという。少数派が影響力を行使する要因は、首尾一貫した少数派の行動様式にあるとしている。また影響は浸透するのに時間がかかるが、うわべだけではない真の態度変化を引き起こすという。

 

自己概念 self-concept

 自分自身について持っている知識やイメージのことを自己概念という。自己概念は、過去の経験を統合した知識の形で表されるだけでなく、将来の行動や意志を左右し、その人自身についての新たな知識の獲得を方向づける一種の理論のような働きをする。自己概念の形成には、いずれの理論的観点も自分の周囲にいる他者との相互作用を通じて、自分自身の姿を修正しながら自己概念を作り出して行くことを示している。
 例えば、クーリー(1902)やミード(1934)の象徴的相互作用論では、クーリーは他者が自分の心を映し出す鏡の役割を果たし、自分の行動をフィードバックすることで自己を知ることが可能になるという鏡映的自己論を提唱している。またミードは、自分の所属する文化や集団の構成員を一般化された他者とし、この文化や集団に共通する一般化された態度が、自己概念を作ると考えた。社会的比較理論を提唱したフェスティンガー(1954)は、人は自分の意見や能力を評価しようとする動因を持っており、他者の能力や意見と比較することで自分を評価するとしている。さらに自分と同等の人が比較の対象として選択されることが多く、能力は自己改善の動機に基づき自分より上のものと比較する上方比較が行なわれるが、自分が何らかの脅威にさらされたときには自分より状態の悪いものと比較する下方比較が行われることがあることを明らかにした。またデュバル&ウィックランド(1972)の自覚理論によれば、他者の存在は、自分の容姿や行動、その他の公的な場での自分に注意を向けさせる公的自己意識と、その人だけが直接意識できる記憶や思考、知覚といった私的自己意識に分けられ、それらの自己意識から本来の自己の有るべき姿である理想自己と現実自己とのズレに気づき、それを克服しようと動機付けられるとしている。
 また、成立した自己概念は安定的である傾向が強い。グリーンワルド(1980)はこの自己概念の持続を、自己中心性、ベネフェクタンス、認知の保守化の3つの概念で説明している。自己中心性は日常生活で得る様々な情報をすでに形成されている自己概念に沿って処理する傾向のことで、そのため確立されている自己概念と整合性のある情報は効率よく処理されて既存の自己概念が持続されやすくなる。ベネフェクタンスとは、行為の成功に関してはその原因を自分に帰属させ、失敗の責任は回避しようとするセルフ・サーヴィングの傾向である。さらに認知の保守化とは、過去の判断を正当化したり、既存の自己概念を確証しようとする傾向である。スワン(1985)は、人は既存の自己概念と整合性のある服装や化粧・服飾品といったサインやシンボルを表出する傾向のあること、相互作用の相手に既存の自己概念どおりに自分を見てくれる他者を選択する傾向が強いこと、いない場合にはそのように相手に働きかけることを指摘し、自己確証過程という言葉で述べている。しかし否定的な自己概念を持っている人については議論の余地がある。総じて、人間は他者との相互作用を通じて自己概念を形成する一方で、周囲に様々な働きかけを行なうことで、形成された自己概念を維持しているといえる。

 

自己意識 self-consciousness

 自己意識とは、その概念内容は研究者により異なるが、意識の対象・焦点が自分自身にあることをさす。デュバル&ウィックランド(1972)の自覚理論によれば、他者の存在は、自分の容姿や行動、その他の公的な場での自分に注意を向けさせる公的自己意識と、その人だけが直接意識できる記憶や思考、知覚といった私的自己意識に分けられる。公的自己意識の状態になると、他者がどのように評価しているかが気になり、他者に対して特定の印象を与えようとする動機づけが高まり、対人不安を経験する可能性が高くなる。公的自己意識の状態は、自分の身体や行動に他者が注目しているときと、注目の的になるような状況の2つの状況で喚起される。注目の的になると行動の適切さの基準が意識されて高い不安状態になり、観察者に対してよい印象を与えたい動機づけが高まる。しかし現実の行動はこの基準を満たしておらず、不一致を不快に感じる。その不快感を低減するために、自己を客体視させる鏡などを避ける、外部の刺激に集中する、運動を行なうなどの方略を用いて客体的自覚を避けるという。

 

自己開示と自己呈示 self-disclosure/self-presentation

 他者に対して言語を介して自分自身に関する情報を伝達することを自己開示とよび、自分にとって望ましい印象を与えるために意図的に振る舞うことを自己呈示あるいは印象操作と呼ぶ。自己開示は言語的伝達のみを対象とし意図的/非意図的を問わないが、自己呈示は非言語的伝達も含み意図的であることが多い点で異なる。
 自己開示の問題を最初に体型的に研究したジュラード(1964)は、意見や態度あるいは趣味や関心などの話題ごとに、父母、同性や異性の友人にどの程度自分の話をするかによって開示量を測るJSDQを開発して実証的研究を行なった。そこで、人は自己開示することによって自分自身を知るようになり、個人の精神的健康を維持する条件の一つとなっているとしている。また自己開示の機能として、告白によるストレス発散などの感情の表出機能、自分の意見や感情がはっきりする自己明確化の機能、他者からのフィードバックが得られ自己概念を安定できる社会的妥当化の機能、返報性による対人関係の促進、親密感の調整がある。また、一般に女性は男性よりも開示が多いとされている。
 一方、自己呈示の機能として、地位の獲得や他者からの報酬の獲得と損失の回避、好意的に評価され自尊心を高揚させるなどの自尊心の高揚・維持、自己概念と一致した行動を取るアイデンティティの確立の三つがある。ゴフマン(1969)は自己呈示を自己表現と関連付け、日常生活を劇場でドラマを演じることのアナロジーとして捉えている。こうした比喩はステージ・メタファとよばれ、ミクロ社会学の演劇論的アプローチへ発展している。ジョーンズ&ピットマン(1982)は、自己呈示の目標を、取り入り、自己宣伝、示範、威嚇、哀願の5種類に分類し、否定的な自己呈示により影響力を行使しようとすることもありうることを示した。またテダスキ&ノーマン(1985)は、様々な自己呈示が防衛的-主張的と短期的戦術-長期的戦略という二次元で分類できることを示している。

帰属理論 attribution theory

 自己や環境に生起する様々な事象や行動の原因を推論したり(原因帰属)、原因推論を通して行なう自己や他者の内的特性の推論(特性推論)を帰属という。帰属理論の最初の提唱者ともいえるハイダー(1958)は、素朴心理学の立場から日常生活で出会う出来事をどう認知し、どう解釈するかを重視した理論を構築したが、帰属の理論はその中心をなすものであった。人の行動は一般に、努力や意図といった個人の力(内的帰属)や、運や課題の困難さといった環境の力(外的帰属)に原因を求めることができる。しかし、これらは独立に影響するものではなく、行動の結果=f(個人要因、環境要因)の関数関係で表されるとした。それ以後、多くの帰属理論が提唱されたが、領域別にわけると、[1]原因帰属における基礎的推論過程に関する理論、[2]他者認知における特性推論や内的情報の獲得過程としての帰属の理論、[3]自己に関する帰属の理論、[4] 成功と失敗の帰属と動機づけに関する理論などに分けることができる。
 [1]の古典的理論であるケリーの共変モデル(1967)や因果図式モデル(1972)は、行動の原因として実体、人、時と様態の3つを挙げ、どれに帰属されるかは、共変原理「行動の結果の原因は結果が生じたときに存在し、生じなかったときには存在しない要因に帰属される」に従うとした。その際、一致性(その行為は他の人の反応と一致しているのか)、弁別性(その行為はその対象に限って起こるのか)、一貫性(その行為はどの状況でも変わらないのか)の三つの基準が用いられ、基準を満たす割合に応じて原因が特定されるとした。このモデルが適用できるのは、実体、人、時/様態に関する豊富な情報がある場合に限られ、ない場合には過去の経験から体系化された抽象的な因果図式が適用される。
 [2]では行動の原因がその行為者の内的属性にいかに帰属されるかが検討され、その過程の分析をしたジョーンズ&デービスの対応推論理論(1965)では、行為がその人の属性を反映する程度を示す「対応性」を基に、対応性を規定する要因について言及している。第一に、選択された行為のみに伴う固有の効果の数が少ないほど、対応度の高い推論ができ、かつ一般に行為が望ましいものでない場合には、望ましいものより対応性の高い推論ができるとする。つまりそのような行為は、行為者の独特の内的特性を明確に示すという意味で、情報価が高いといえる。
 [3]の代表であるベムの自己知覚理論(1972)では、他者知覚と自己知覚のプロセスの類似性を強調し、自己の内的状態の知覚においても、他者の場合と同様に行動とそれが起こった状況の性質を考慮したうえで推論が行われるのだと主張している。シャクターの情動のニ要因論(1964)は、情動を経験するためには、脈拍や呼吸数の増加といった交感神経系の高まりである生理的喚起と、その原因の解釈を可能にする認知的手がかりのニ要因が必要であるとし、情動の原因を誤って帰属することを、錯誤帰属と呼んだ。
 [4]のワイナーらの成功と失敗に関する帰属モデル(1972)では、原因を統制の所在と安定性に分類し、後に統制可能性を加えた三次元から原因帰属の分類を試みている。統制の所在は、原因を内的とみなすか外的とみなすかであり、安定性の次元は変動しやすいかしにくいかの次元である。彼らの理論の特徴は、帰属の規定因を示すだけでなく、帰属の結果がどのような心理的影響を及ぼすかについて言及している点である。つまり、統制の所在は自尊感情に、安定性は次課題の成功や失敗の期待に、統制可能性は罪悪感や恥ずかしさに影響を及ぼし、これらの感情が達成行動への動機付けを決めるとしている。例えば成功を自分の能力の高さに帰属したなら、自尊心や成功期待が高まり、高い達成動機を持つ。
 現在の帰属理論は、社会的認知研究の成果を背景にして、対人関係や集団のレベルにも応用されている。

 

認知的斉合性理論 cognitive consistency theory

 認知の体制化と再体制化に関する理論の総称であり、態度の形成・変化の過程の研究から生まれた。この理論では、思考には常に全体的な調和と安定を維持させる力が働いているため認知や態度はバラバラに存在するのではなく、一定のまとまりがあることを仮定する。その秩序的状態を認知的斉合性という。この斉合性が破れた場合、不快な緊張状態に陥り、斉合性を回復しようとする内的圧力が働く。この不斉合性低減の動機づけが最も基本的な過程である。認知的斉合性理論は、大別すると(1)ハイダーのバランス理論(1946)に始まるバランスの概念を基本とする諸理論と、(2)フェスティンガー(1957)の認知的不協和理論の2系統に分けられる。
 バランス理論はP-O-X理論ともよばれ、人(p)と他者(o)と事物(x)の三者関係の均衡をもとにする対人関係の原理である。人間はバランス状態を好む傾向にあり、もしインバランスが生じたなら緊張状態に陥り、バランス状態に向かおうとすると仮定されている。ハイダーは他者や事物に対する人の関係を、事物に対する人の好意的/非好意的な態度のような心情的側面である心情関係と、自分と他者や人と事物の関係を一まとまりと知覚されている状態である単位関係にわけた。ハイダーは、三つの関係の符号の積が正ならばバランス、負ならばインバランスとした。三者関係から生ずるインバランスは、どれか一つの関係の符号が変化することで解消される。あばたもえくぼ現象はその典型であるが、実際的にはその恋人を嫌いになるバランスの取り方もあり得る。さらに、p-o-xの三者関係のうち一つが未形成の場合には、全体がバランスとなるような新たな関係が誘発されると仮定し、対人魅力と態度の形成過程を理論化した。
 フェスティンガーの認知的不協和理論では、自己と環境についてのあらゆる知識を認知要素と呼び、認知要素間の関係に注目し、矛盾があると認知的不協和という不快な緊張状態に陥ると仮定した。不協和の大きさは不協和な認知要素が重要であるほど大きい。フェスティンガーは不協和の生じやすい状況として、(1)決定後、(2)強制的承諾、(3)情報への偶発的・無意図的接触、(4)社会的不一致、(5)現実と信念・感情との食い違いを例示した。また不協和の現れ方として、(1)認知の再体制化・態度変化や行動の変化、(2)環境の変化、(3)知覚と認知の歪曲、(4)情報への選択的接触があげられる。認知的不協和理論がバランス系諸理論と最も異なる点は、認知と行動を区別せず、行動も一つの認知要素として扱い、行動から発生する不斉合性を理論の中核に組み入れていることである。しかし理論は概念的にあいまいであり、結果の安定性と再現性が弱いこと、研究法にディセプションが大幅に採用されていること、を批判されている。
 一般的に認知的斉合性理論は、(1)不斉合性低減の動機付けはいつでも誰にでも生ずるとは限らず、(2)その動機が他の動機と競合する場合があり、(3)当初から不斉合性の低減法として複数の様式が仮定されている、という理論検証上の難問がある。

 

ソシオメトリー sociometry

 創始者によるモレノ(1953)によれば、「集団の心理的特徴を数学的に研究すること」であるが、実験方法やソシオメトリックテストそのものを指すこともある。その影響は、グループ・ダイナミクスやアクション・リサーチ、相互作用過程分析など様々な領域に及んでいる。モレノの社会構造論は、社会が現実に存在する「外部的社会」と、心理的な構造としての「ソシオメトリック・マトリックス」、この両者の力動的統合としての「社会的現実」から構成されていると主張する。外部的社会の構造は法律などを手がかりに容易に記述しうるが、内的なマトリックスの理解はより困難である。内的なマトリックスは、個人間の感情の流れであるテレ、最小の構成単位としての個人を示す社会的原子、それらがいくつか結びついた社会的分子、さらにそれらがネットワーク化したソシオイドなどの内部構造があり、こうした社会構造を分析する手段が、ソシオメトリック・テストである。

 

ソシオメトリック・テスト sociometric test

 モレノは、小集団における人間関係構造を五つに分類し、それぞれの構造を測定するためのテストを提案した。このテストは、社会的接触の範囲の調査(知人テスト)、成員間の心理学的関係の分析(ソシオメトリック・テスト)、自発的な感情の性質や強さの検討(自発性テスト)、相互作用状況の分析(状況テスト)、私的・社会的役割演技による関係分析(ロール・プレイング・テスト)からなり、人間関係を周辺的なものから中核的なものへと理解することを目的としている。その中でも、もっとも多く使用されてきたのがソシオメトリック・テストであり、一般的には集団成員間の人間関係を「選択(親和)」と「排斥(反感)」を軸に分析する。テストそのものは、対象の集団の範囲や場面を明記した上で、被験者に親和感・反感を感じさせる成員やその理由を列記させるだけである。全成員を行と列に並べ、その関係を記入したソシオマトリックスにまとめられ、相互選択関係や相互排斥関係を中心にソシオグラムが作成される。ソシオグラムは成員間の関係を図示しており、下位集団間の関係やスターとよばれる人気者、孤立児や周辺児を分かりやすく示すことができる。これらの結果を元に、個人の集団内での位置付けを示す社会測定的地位指標(Isss)や、集団凝集性を示す指標(Co)が求められる。この他にも様々な指標が考案されており、多変量解析やグラフ理論などを用いた分析法が考案されている。

 

グループ・ダイナミックス group dynamics

 グループ・ダイナミクスが最初に使用されたのは1939年のレヴィンらによる「社会的風土に関する研究」という論文の中であり、集団力学と訳される。集団の基本的な性質や、集団と個人、集団と集団の関係についての法則を、実証的な方法によって明らかにしようとする。日本では1949年に日本グループ・ダイナミクス学会が設立され、実験社会心理学研究の刊行などの活動がある。グループ・ダイナミクスの特徴は、(1)理論的に意味のある実証研究の重視、(2)研究対象は、成員間の相互依存性である集団力動性、(3)社会科学全般への広範な関連性、(4)研究成果の社会実践への応用性やアクション・リサーチの強調である。具体的な研究領域として、集団凝集性、集団規範、集団意志決定、集団構造、集団目標、リーダーシップなどが挙げられる。研究方法は実験を基本とする。グループ・ダイナミクスの理論は当初は場理論であったが、現在では認知説やシステム理論など多彩になってきている。

 

アクション・リサーチ action research

 実験研究と実地研究を連結する社会工学的な研究方法で、理論と実践の統合を目的としてK.レヴィンによって創始された。具体的には、(1)変革の対象となる事態の正確な観察と分析を行なって改善目標を設定し、目標達成の方法を検討する計画段階、(2)仮説にしたがって具体的に活動する実践段階、(3)目標達成度を科学的に測定して活動の有効性と仮説の妥当性を検証する評価段階、(4)改善すべき点の修正を行ない、実験研究の知見の有効性を実地研究で確認したり、逆に実地研究で示された知見の理論的妥当性を実験研究で検証する修正段階、(5)目標が達成されたら異なる社会事象にも適用してみて効用と限界を見極める適用段階、という手続きを取る。組織の対人関係改善に有効な方法で、産業場面を中心に活用されてきた。グループ・ダイナミクスは小集団を対象に精密な実験的手法を取り入れて理論研究を行なうが、実験状況が精密になるほど現実の集団状況から遊離しやすくなる問題がある。アクション・リサーチは現代工学から見れば少なからず欠陥があるが、実験と現場をつなぐという理念自体は優れたものとして評価されている。

 

場 field

 場の概念を心理学に導入する上で中心的な役割を果たしたのは、ゲシュタルト心理学者達である。ゲシュタルト心理学では、心理的事象の場はより単純な均衡状態に向かう内在的傾向をもつと仮定され、この原理にしたがって様々な心理的現象が説明されている。K.レヴィン(1935, 1951)は、動機、性格、社会的行動など様々な心理的事象に場の概念を適用した。レヴィンは、人の行動を起動し方向付ける作用をもつ心理的事象の総体を一種の場とみなし、生活空間とよんだ。生活空間は人と環境という相互作用する二つの領域からなっている。生活空間を構成する事象がばらばらに行動を規定するのではなく、それらの相互作用の結果として成立する生活空間の全体的構造が行動を規定する。例えば動機の存在は、関連する生活空間内の事象に接近や回避の行動や心的活動を起動する誘発性を付与する。つまり、生活空間にそのような作用の場が発生する。また複数の動機が存在する場合には、生活空間内の誘発性を持つ事象も複数存在することになり、行動や心的活動は二つの力の均衡点付近でいったりきたりすることになる。

 

生活空間 life space

 もともとはレヴィンの提唱した考え方で、個人がいかにして状況や場によって変わるのかを強調する。個人は仕事や家庭生活など、比較的に自由に行動できるいくつかの領域内で生活し、空間を移動している。これは、物理的のみならず心理的な空間にも当てはまる。その空間に存在する様々な対象はある価値を持っており、主体はそれを得ようとして接近するが、そこで空間内の行動が生じるのである。レヴィンの心理的空間の発想事態はその後発展しなかったが、現在では環境心理学の具体的な物理空間の分析に、心理的な関係を読み取るなどの立場に関係している。

 

統合失調症 schizophrenia

 統合失調症は、現実との接触から切り離され、妄想や空想に支配された内的主観的な世界へ陥るという特徴を持っており、その病態から1911年スイスのブロイラーにより精神分裂病と名づけられた病気である。分裂病概念を最初に導入したのは、1896年、青年期に発症し痴呆の転帰を取る一群の疾患を早発性痴呆と呼んだ、ドイツのクレペリンである。徴候として、言葉の概念や象徴性が失われ(連合弛緩)、話のまとまりが失われたり(支離滅裂)、感情の交流が失われ(感情疎通性の障害)、引きこもりの生活となったり(自閉)、興奮や混迷状態に陥ることもある。発病初期では無力、奇矯、エキセントリックなどのパーソナリティの変化があるが、次第に幻覚や妄想などの現実歪曲症状と、思考や行動の統合が障害される不統合症状、思考や行動が貧困化する貧困症状が認められる。具体的には、何かの力が患者の思考や感情や行動に外から影響を与えているという体験(させられ体験)、考えが読み取られる(思考伝播)、考えが声になって聞こえる(思考化声)、考えが抜き取られる(思考奪取)、考えが吹きこまれる(思考吹入)、自我障害が認められる。病因として、個人の素因である発病脆弱性と社会生活上のストレッサーの相互作用が考えられている。そのうち家族関係に重点をおくものは、ライヒマンの精神分裂病を生み出す母親、ベイトソンの二重拘束説、リッツの夫婦の断裂、ウィニーの偽などが提唱されているが、これらの家族力動は分裂病に特異的でなく、病因ではなく結果である可能性が大きいので今日ではあまり重要視されていない。現実歪曲・不統合・貧困などの症状の出現の仕方は多様であり、症状の組合せと経過により解体型(破瓜型)、緊張型、妄想型などに下位分類される。分裂病の生涯罹患率は人口100人当たり1人で,地域や時代による差や男女差はないと考えられている。

 

シュナイダーの一級症状

 シュナイダーは精神分裂病診断の一級症状として、思考化声、話かけと応答の形の幻聴、自分の行為の批判の幻聴、身体被影響体験、思考奪取、思考伝播、妄想知覚、感情や欲動や意志におけるさせられ体験(作為体験)、を提案した。

 

二重拘束理論 double bind theory

 両親が同時に異なる矛盾したメッセージを送ったり、言葉と態度が相反するメッセージを送ると、子供はいずれを選んでも否定的な感情を持つ状態にならざるをえない。それらが積み重なるとある種の精神症状が出現すると、ベイトソンが提唱した。統合失調症患者の家族関係に多いといわれている。

 

気分障害(うつ病、抑うつ神経症、情動性人格障害を統合した概念) mood disorder

 気分の高揚や抑うつのような気分変化を優勢症状とする精神医学的障害。双極性障害とうつ病性障害に分けられ、前者は本格例の双極T型障害と軽躁状態にとどまる双極U型障害、さらに軽症型として気分循環性障害に区別される。うつ病性障害は、本格例の大うつ病性障害と軽症型で従来の抑うつ神経症に相当する気分変調性障害に区別される。
 うつ状態では、悲哀や絶望感を伴う抑うつ気分、口数が少なくなったり考えが頭に浮かばないなどの思考制止、活動性や自発性が低下する意欲低下、睡眠障害や食欲減退、体重減少、死についての反復思考、性欲減退などの身体症状が現れ、日内変動がある。躁状態では、楽天的で疲れを覚えない爽快気分、多弁で話がすぐに脱線する観念奔逸、活動性の亢進や多動、脱抑制などの意欲亢進がみられ、身体症状はうつ状態に比べて少なく、早期覚醒が必発だが熟眠感がある。
 一般的に、うつ病性障害の方が双極性障害より予後が良好である。病因として、遺伝負因が発病に関与するが、双極性障害の方が遺伝負因が高い。器質因として、ノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミンなどのモノアミン系と感情病の関係が注目されている。また、心理社会的因子に引き続いて起こることがしばしばであるが、三つの病前性格と誘因が挙げられる。循環病質はクレッチマーの循環気質が顕著となったもので、社交的、善良、親切、情味深いことを基本特徴とし、これに陽気と陰気の特徴を両極とする気分の比がある。循環病質は特に双極性障害の病前性格に多い。執着性格は下田光造によって提唱された躁うつ病患者の病前性格で、几帳面、仕事熱心、凝り性、強い正義感や責任感などを特徴とする。この性格では、適応困難な状況でも休息を取らずに活動を続け疲弊して発症するとされている。メランコリー親和型性格はテレンバッハ(1961)によるうつ病患者の病前性格で、几帳面、他者配慮、秩序性がみられるという。執着性格とメランコリー親和型は類似しており、中年期に初発するうつ病者によく認められる。また誘因として挙げられるものは、近親者の死、転勤、昇進、退職、引っ越し、身体疾患などのストレスやライフイベントである。うつ病の治療には、薬物療法(三環系/四環系抗うつ薬、SSRI、炭酸リチウム、カルバマゼピン、バルプロ酸ナトリウム、抗精神病薬)と精神療法が主であり、難治例には電気痙攣療法が劇的に効果を示すことがある。また、躁状態に対しては刺激するような応対は避け、うつ状態に対しては特に回復期に自殺に注意し、一人にしない、激励したり無理な作業をさせないでしっかり休ませるなどの対応が重要になる。

 

気分変調性障害 dysthymic disorder

 気分変調とは、従来の抑うつ神経症にほぼ相当し、広義には偏った気分の状態を指すが、狭義には抑うつ的な気分の状態を指す。軽症で持続的な抑うつ気分を主徴とする気分障害の一型である。DSM-Wでは、一日中の慢性的抑うつ気分が少なくとも2年間持続し、その間、食欲減退/過食、不眠/過眠、気分低下、自尊心の低下、集中力・決断力低下、疲労、絶望感などの症状が見られる。うつ病の慢性化や慢性的抑うつ状態はこれには該当しない。

抑うつ神経症 depressive neurosis

 悲哀、抑うつ、制止などのうつ状態を主症状とする神経症の一つであるが、現在は気分障害の中の気分変調性障害に分類されている。うつと異なる部分は、気分の日内変動がみられない、人格障害を伴うことが多い、不安・焦燥感が強い、環境の変化に反応して症状が動揺しやすい、薬物療法が効きにくい、などにより概念的にうつ病とは区別されているが、軽症例の正確な鑑別は臨床的に困難である。親しい人との別離や転居、転職などの対象喪失が誘因となることが多い。

 

循環病質 cyclothymia

 クレッチマーによる気質類型の一つで、躁うつ気質あるいは同調性性格ともいい、肥満型の体格と親和性がある。人間関係は良好で、開放的、社交的、善良、親切、情味深いことを基本特徴とし、これに陽気と陰気の特徴を両極とする気分の比がある。双極性障害と親和性を持つ。

 

執着性格 immodithymic character

 下田光造によって提唱された躁うつ病の病前性格。熱中性、凝り性、徹底的、几帳面、責任感旺盛などを特徴とする。この性格の本質は体質に基づく感情興奮性の異常にある。知らず知らずのうちに感情的疲労状態に陥り、躁またはうつ状態を発すると考えられている。熱中性という点を除けば、テレンバッハのメランコリー親和型と著しく類似する。

 

メランコリー親和型性格 melancholic type

 テレンバッハ(1961)がうつ病患者の病前性格を言い表すのに用いた概念。几帳面、対他配慮を本質的特徴とし、秩序的である。そのため、転勤や家族構成の変化、身体疾患などの人生の転機で秩序性が乱されると、メランコリー親和型の本質的特徴に含まれる自己矛盾が先鋭化し、うつ病へと追い込まれるという。

 

神経症 neurosis

 神経症とは、非器質性で心因性に発現する心身機能の障害である。その心的過程が了解可能であり、現実検討力や病識は保たれている。人格は保たれているが特有のパーソナリティ傾向と関連がある。フロイトの心因論では、不安を防衛するために起こっているものであり、引き起こされた内的葛藤や不安が症状の発現に関与するとしている。近年では、神経症という用語は様々な意味に使われすぎて医学用語の域を出てしまったという理由から、DSM-V以降神経症の分類はなく、感情障害、不安障害、身体表現性障害、解離性障害、性障害に分類されている。ICD-10では「神経症性、ストレス関連性及び身体表現性障害」の大項目の下に、7つの下位分類がなされている。

(1)恐怖症性不安障害 phobia

 普通ではそのような情動を起こすはずのない対象や状況に強い恐怖を起こし、日常生活に支障をきたす精神障害。患者は自分の恐怖が病的なほど強いことは知っており和らげたいと考えているものの、思い通りにならないと訴えるのが通常である。臨床的に、広場や不慣れな場所で取り残されるといった恐怖を感じ、急性不安発作が原因で生じることが多い広場恐怖、体に触れるもの全てが不潔であると感じるため強迫洗浄を行なったりトイレを使用できないような不潔恐怖、他人といることで不安と緊張が高まり他人の軽蔑や不快感が気になる対人恐怖(類似のものに、赤面恐怖、視線恐怖、体臭恐怖、醜形恐怖など)、動物や高所、閉鎖空間、先端などへの特異的恐怖など他にも様々あり、恐怖の対象別に分類されている。恐怖症の質問紙として、ウォルピ&ラングによって作成されたFSS-T、U、Vがある。

(2)不安障害(不安神経症) anxiety disorder

 不安、つまり適応困難な破局の切迫感を主な症状とする精神的障害。不安症状は不変的な情動反応であって、神経症に限らず他の精神障害でも見られる。急性不安障害(パニック障害)は、不安発作の形で現れ、自律神経の興奮を伴う激しい不安に襲われ、死の恐怖や苦悶が起こる。身体症状として、息切れや呼吸困難、動悸、不快感、発汗、めまいなど、呼吸器系や心血管系の症状が多い。何度か発作を経験すると、また同じことが起こるのではないかという予期不安を抱くようになることが多い。全般性不安障害は、絶えず漠然としたことが不安の対象となり、浮動性不安とよばれる。病因に関して、延髄の受容器や橋の青斑核などの中枢神経系の異常が想定されており、薬物療法が奏功することが多い。また、特有の認知の歪みが指摘されており、認知行動療法の効果も大きい。

(3)強迫性障害(強迫神経症) obsessive-compulsive disorder

 強迫思考や強迫行為が反復・持続し、日常生活が困難になる精神障害。人口の2,3%にみられ、発症年代の平均は20歳代で男女比は等しい。トゥレット症候群患者の多くは強迫性障害の診断をみたす。患者の多くは強迫思考・行為が不合理であることの認識があるが、観念に圧倒され判断できない優格観念を持つ場合もある。強迫思考・観念は4つに大別でき、排泄物など汚染についての恐怖と洗浄強迫、不完全さについての不安と確認強迫、対象がなくても起こる強迫思考(縁起強迫など)、性格さ・対称性・ものの配置などのこだわりや儀式行為があるが、他の精神障害でもしばしばみられるので鑑別が必要である。若年発症の場合、強迫行為への抵抗が弱い場合、うつ病を合併する場合、妄想様観念・優格観念を持つ場合には予後が不良になる。社会適応がよい場合、発症要因が明らかな場合は予後がよい。約70%が治療により寛解または改善し、行動療法と薬物療法の有効性が確認されており、三環系抗うつ薬のクロミプラミンやSSRIが用いられる。行動療法ではエクスポージャーと反応妨害法が用いられ、他に思考中断法、セルフ・モニタリング、嫌悪条件づけが併用されている。

(4)心的外傷後ストレス障害 post traumatic stress disorder ; PTSD

 災害や事故、事件、レイプ、戦争、いじめなどの外傷体験により、強度の不安、恐怖、抑うつ症状を呈する精神障害。症状として、(1)悪夢やフラッシュバックで外傷的出来事を反復して体験する、(2)外傷的出来事を持続的に回避しようとしたり、感情が萎縮し極度のうつ状態になる、(3)睡眠障害、易怒性、集中力困難、驚愕反応などの覚醒の持続的な亢進の三つが中心となってみられる。アメリカではヴェトナム戦争の復員兵の戦争恐怖症以来多くの患者がおり、日本でも1994年の北海道南西沖地震、1995年の阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件などで注目が集まっている。約半数は3ヶ月以内に回復するが、予後不良のものは多い。通常、薬物や支持的精神療法では十分な効果が得られず、症状特異的な(認知)行動療法が著効を示す場合がある。

(5)解離性および転換性障害(ヒステリー神経症) conversion disorders/hysteria

 現実に問題となっていることを解決できずに葛藤を生じ、自我の安定を保つことが困難な結果、防衛機制の一つとして問題に直面することを回避する結果となるように様々な症状を呈することがあり、こうした病態をヒステリーと呼ぶ。麻痺、振戦、失声、失立、失歩などの身体の心因性障害である転換反応と、健忘、遁走、意識消失、幻覚、多重人格という意識野の狭窄に基づく解離反応があり、それぞれ転換型ヒステリー、解離型ヒステリーという。病因として器質的障害ではなく、未成熟なパーソナリティを持つ心因性障害といわれている。ヒステリーの際の防衛機制は抑圧と回避であるが、これを採用するのは自我機能が未発達で未熟な自我の人であるからである。しかし従来報告されることが多かったヒステリー性格を持つ症例は実際には極めて稀で、勝気、負けず嫌い、頑固であったり、逆に頼りない、依存的、ナルシシズムが強い性格であったりすることが多い。治療には、抗不安薬と少量の抗精神病薬を使用する。精神療法として、自我機能が保たれている人には洞察を得る精神療法、不充分な人には当面する仕事や学業についての支持的な精神療法が行なわれる。

ヒステリー性格 hysterical personality

 ヒステリー性格の主な特徴は、(1)自己顕示欲・虚栄心が強い、(2)派手好きで勝気、演技的な言動、(3)自己中心的で依頼心が強く、小児的、(4)被暗示性が高い。一般的に感情は不安定で、自制心に乏しく、話の中にうそが混入する。社会化が不充分なため、わがままや移り気などの未成熟さがある。症状としてのヒステリーは必ずしもヒステリー性格者のみに生じるものではなく、むしろ未成熟なパーソナリティの持ち主に生じる心因反応と考えられている。

(6)身体表現性障害(心気神経症) psychosomatic disease ; PSD

 健康や身体の機能について過度に配慮し、疾病感にとらわれている精神的な障害。心気症状自体は、神経症や統合失調症、うつ病、老年期精神障害など様々な疾患で認められる。主として、頭痛やめまい、吐き気、腹痛、痺れや疼痛、排尿障害などの身体症状や集中力の低下、疲労感などをうったえ、医療機関を転々とすることも多い。症状の規定に身体的疾病が存在する信念やとらわれがあることと、身体的異常が存在しないという複数の医師の診断を受け入れることへの頑固な拒否により診断される。

(7)離人・現実感喪失症候群(離人神経症) depersonalization/derealization

 自己の存在や周囲の対象に現実感の喪失や疎遠感を抱く現実感喪失を主徴とする精神的な障害を指す。自分自身や身体、外界に対しての知覚体験に実感がなくなり、対象の性質や状況の知覚的理解はできるにもかかわらず、それに伴う感情がわかず、「周囲の人が疎遠に感じられる」「実感がわかない」などの訴えがある。離人体験は、統合失調症やうつ病の症状の一つであるが、健常人でも過労時に体験することがある。

 

解離性障害 dissociative disorder

 解離とは、意識、記憶、同一性、環境の知覚など、通常はまとまりを持っている精神機能が部分的あるいは全体的に破綻したり交代する状態や、身体運動の統制が失われるなどの症状である。解決困難な葛藤状況や外傷体験のとき、それらを精神から切り離し意識変容をきたした状態になる。
 1889年、フランスのジャネが『心理的自動症』に感情、感覚、運動、思考の統合が障害された状態として記載している。ジャネは、解離現象を心的力と心的緊張の二つのパラメーターにより体系化した。またフロイトは、1895年の『ヒステリー研究』で解離を抑圧機制で説明している。解離性障害に分類されるものとして、@解離性健忘、A解離性遁走、B解離性昏迷、Cトランスおよび憑依障害、D解離性運動障害、E解離性感覚麻痺および感覚脱失、F混合性解離性(転換性)障害、Gその他の解離性障害(ガンザー症候群、多重人格、一過性解離障害)、H特定不能の解離性(転換性)障害があげられる。DSMでは、離人症が解離性障害に含まれている。治療として、抗不安薬や抗うつ薬を使用して情動の安定を図り、外傷が契機となっている例では外傷体験に対応しながら力動的精神療法を行うのが通常である。また、眼球運動による脱感作と再処理法(EDMR)も効果があるという。

 

人格障害 personality disorder

 思考や行動、対人機能や認知が大きく偏って固定化し、非適応的になって病的行動を繰り返す精神的な障害。操作的診断基準が一般的ではなかったときは、精神病質と表されていた。DSM-Wでは、言動が奇妙で風変わりを特徴とするA群(妄想性人格障害、分裂病質人格障害、分裂病型人格障害)、劇的で感情的、移り気を特徴とするB群(反社会性人格障害、境界性人格障害、演技性人格障害、自己愛性人格障害)、不安・心配の強さが目立つC群(回避性人格障害、依存性人格障害、強迫性人格障害)を区別している。ICD、DSM共に症状記述的・操作的定義で診断するため、人格構造や障害の発生因を問題にはせず、症状や行動の特徴が社会的障害や苦悩の原因となっている場合に人格障害と診断される。
 人格障害の病因は多重であるが、生物学的要因、遺伝子的要因、母子関係、心的外傷が挙げられている。薬物療法より精神療法が有効とされるが、症状軽減のために薬物療法も使用される。

 

分裂病型人格障害 schizotypal personality disorder

 他人と親密な関係を持つ能力の減少と認知的歪曲と奇妙な行動がみられる。具体的には、関係年慮、奇異な信念、普通ではない知覚体験、奇異な思考と話し方、猜疑心、親しい友人がいないなどの特徴が指摘される。分裂病型人格障害は、思考や行動の奇妙さにもかかわらず、安定した人生や仕事を保つといわれている。

 

境界性人格障害 borderline personality disorder

 行動パターンや感情の不安定さを主徴とする人格障害。激しい怒りや抑うつ、焦燥などの著しい気分の変動が特徴である。対人関係では、孤独に絶えられず、過剰な理想化や過小評価を見せ、患者はしばしば自傷行為や自殺企図、衝動的行動や薬物常用などの激しい自己破壊行動を見せる。やや女性に多く、従来は精神療法中心であったが近年は薬物療法や認知行動療法も用いられている。

 

回避性人格障害 avoidant personality disorder

 人からの悪い評価や批判への傷つきやすさなど、対人関係上の全般的な不安を持つ。そのため人間関係を回避したり、少数の人間としか親しい関係を結べない、社会的・職業的活動を避けるなどの回避行動が特徴である。しかし、内面では人にかかわりたいという欲求があることが、対人希求性の乏しい分裂病型人格障害と異なる。治療として、不安定な自分を整理し自己受容するための精神療法や行動療法が使用され、強い不安に対しては抗不安薬が投与される。

 

依存性人格障害 dependent personality disorder

 他者の援助への過剰な欲求があり、分離に対する不安を強く感じる特徴を持つ人格障害。フロイトは口唇依存の人格面での出現は、依存、悲観、自信のなさ、性的恐怖、受動性、被暗示性、忍耐心のなさであることを指摘している。女性より男性に多いとされる。

 

反社会的性格 antisocial character

 集団や社会規範を無視、背反する性格。一貫して無責任、良心の呵責の欠如などが挙げられ、犯罪や非行の分野で取り上げられる。反社会的行動は非社会的行動と対比されるが、積極的・攻撃的な行動として現れること、行動が具体的な対象に向かうことから、周囲から問題としてとらえられやすい。

 

行為障害 conduct disorders

 通常、幼小児期から青年期に発症する行動および情緒の障害。この障害の基本的病像は、他者の基本的人権や年齢相応の主要な社会的規範や規則を無視するような行為が持続する行動様式である。人や動物に対する攻撃、放火などによる他人の所有物の破壊、うそや窃盗、家出や怠学などの行動上の問題を繰り返す。欲求不満耐性の低さや落ち着きのなさ、かんしゃくの爆発や挑発されやすい無鉄砲さが特徴である。不安や抑うつ症状を示すことも多い。障害の重症度によって軽度、中度、重度にわけ、発症年齢の違いによって10歳以前に発症したものを小児期発症型、10歳以前には行為の問題がなかったものを青年期発症型という。またICD-10では、亜型分類として家庭限局性行為障害、非社会性行為障害、社会性行為障害、反抗挑戦性障害を挙げている。

 

摂食障害 eating disorder ; ED

 摂食障害に関しては、DSM-W-TRでは、神経性無食欲症(AN)、神経性大食症(BN)、特定不能の摂食障害(ED-NOS)の三つに分類されている。ANは著しい痩せを特徴とし、BNはその反動として食欲を抑えられなくなり無茶食いを繰り返す状態である。
 摂食障害患者の心理特性として、痩せ願望、ボディイメージの障害、肥満恐怖などが挙げられる。根底には、成熟への拒否、自立への抵抗などのアイデンティティ危機があるといわれている。神経生理学的には、食欲をコントロールする視床下部から分泌されるセロトニン、コレシストキニン、レプチンなどが異常値を示し、回復すると正常化することがわかっている。ガーフィンケルによると、アメリカではANの95%が女性であり、致死率は約5%、慢性化する症例は25%であると指摘している。
 典型例としては、思春期やそれ以降の女性が、いじめ、受験、就職などのストレッサーの後にダイエットをはじめ、それを契機に発症することが多い。ダイエットが成功すると称賛され達成感がわくが、ある時期から食欲を抑えきれなくなり過食に転じると痩せは普通から太めの体型になる(過食の状態)。「食べたい、でも痩せたい」あまりに自ら嘔吐したり下剤を乱用する患者(BN-P)、そうやって痩せを維持する患者(AN-P)、拒食だけが続く患者(AN-R)などがある。身体症状として、ANは著しいるい痩に伴う症状で、生理が止まる、産毛が伸びる、皮膚の乾燥と毛髪の薄さ、貧血、白血球減少、低血糖、肝機能障害、低蛋白血症や浮腫がある。また心臓の収縮、脳の萎縮、骨粗鬆症や消化器官の吸収能力が衰え、その結果食欲が出ても腹痛、便秘、下痢などの消化器症状のため体重を戻せなくなることがある。BNでは身体症状は顕著ではないが、頻回な嘔吐症例では吐きダコや虫歯の多発、唾液腺の腫れが認められることがある。また嘔吐が酷い症例や下痢・利尿剤を乱用する症例では、低カリウム血症によって筋運動に関与する電解質が不足し、全身倦怠感や脱力感を自覚したり、循環器障害により致死になる場合がある。
 治療としては行動制限・経管栄養・経静脈栄養・薬物療法などの身体治療に、心理療法が併用されるが、肝障害・低カリウム血症・意識障害や急速な体重減少例では、生命管理が最優先され、心理療法の適用は栄養状態が比較的よい場合に信頼関係の構築から始められる。治療目標は患者が情緒的に安定し、安定した対人関係や社会適応を維持できるようになることである。身体の回復と共に、痩せていなくても大丈夫、という安心感を得ることが最終目標になるが、心理療法の成果は必ずしも身体症状に反映されない、治療が年単位で長期化する、心理療法と予後の関係が明らかではないという批判がある。

 

心身症 psychosomatic disease ; PSD

 日本心身医学会では、心身症の定義を1991年に「身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態をいう。ただし、神経症やうつ病など、他の精神障害に伴う身体症状は除外する」と規定している。ICD-10やDSM-Wでは心身症の病名はなく、身体表現性障害や身体疾患に影響を与える心理的要因の中での選択に置き換わっている。
 身体疾患に影響を与える心理的要因と診断するには二つの条件を満たす必要があり、A:一般身体疾患が存在している。B:心理的要因が、以下のうち一つの形で一般身体疾患に好ましくない影響を与えている。(1)その要因が一般身体疾患の経過に影響を与えており、その心理的要因と一般身体疾患の発現、悪化、または回復の遅れとの間に密接な時間的関連があることで示されている。(2)その要因が一般身体疾患の治療を妨げている。(3)その要因が、患者の健康にさらに危険を生じている。(4)ストレス関連性の生理学的反応が一般身体疾患の症状を発現させ、またはそれを悪化させている。
 器質的病態は消化性潰瘍や潰瘍性大腸炎、機能的病態は偏頭痛や過敏性腸症候群が挙げられる。シフネオスらは、心身症では心理的因子は身体的諸因子と共に病状形成の一要因に過ぎず、身体症状の比重が大きいとし、失感情症の概念を提唱して自己の内的な感情への気づきとその言語的表現が制約されている状態であるとした。その他に池見酉次郎は、自分のホメオスタシスの維持に必要な身体感覚への気づきも鈍い失体感症という概念を提唱している。社会適応という面に注目すると、心身症の患者は真面目、仕事中毒、頑張り屋、頼まれると嫌といえない「過剰適応」の傾向が強く見られる。またフリードマン、ローゼンマンらによるタイプA行動パターンをもつ人々は、プロスペクティブな研究では虚血性心疾患に羅漢しやすく、重症化しやすいといわれる。

 

タイプA行動パターン type A behavior pattern

 M.フリードマン&R.H.ローゼンマンら(1964)は虚血性心疾患患者の行動を検討した結果、彼らに特徴的な性格行動特性が存在することを見出し、それをタイプA行動パターンとよんでいる。タイプA行動の特徴として、性急で時間に切迫感を持ち、競争心が激しく攻撃的、精力的、野心的である。また大量喫煙や高血圧の傾向が高く、二次的な生活習慣が発症に寄与していると考えられる。その後のプロスペクティブ・スタディでも、タイプAは逆のタイプB行動パターンに比べて二倍以上の虚血性心疾患を発見された。また、タイプA行動パターンの特徴の中でも「敵意性」と「怒りの感情の抑制」が最も危険であることが示されている。タイプA行動パターンを取ることは現代社会における成功の条件の一つであることから、心筋梗塞などの虚血性心疾患を発症する前に行動修正することは極めて難しいといわれている。
 そこで、心筋梗塞をすでに発症した症例を対象に、再発防止を目的とした心臓病カウンセリング群と、タイプA行動修正プログラムを加えた群の追跡調査が行なわれ、両方のカウンセリングを受けたほうが有意に再発率が少ないことが示された。タイプA行動修正プログラムは、心理的身体的弛緩法の学習と過剰な刺激反応の修正や自己観察教育、環境の再構成、認知感情学習などの行動学習に大別されるが、長期間根気よく続ける必要がある。近年の研究は、虚血性心疾患以外の疾患として、うつ病との関連やタイプA尺度と抑うつ尺度の相関が報告されている。日本人のタイプA行動は欧米と比べて競争性や敵意性が低いものや程度が軽いものがあり、日本的タイプA行動や日本人向けのタイプA自己チェック表も開発されている。

 

頭痛 headache

 頭痛は頭部に感じる深部痛および投射痛で、器質的疾患に由来する症候性頭痛と、検査的に異常が認められない機能性頭痛に大別され、血管性頭痛(偏頭痛など)、筋緊張性頭痛、混合性頭痛、その他(炎症性、牽引性、心因性、耳鼻・目・口腔疾患、その他の疾患)に分類される。偏頭痛は女性に多く家族歴を有する場合が多く、尖輝暗点という前兆を持ち、吐き気、嘔吐、羞明といった随伴性が特徴である。緊張型頭痛は最も頻度が高く、両側性の締めつけられるような頭痛である。肩こりを訴えることが多く、後頭部の筋肉の異常収縮が原因と考えられている。群発頭痛は眼球周囲を中心とする拍動性の頭痛で、男性に多く、流涙、結膜充血、鼻汁などの随伴症状を持つことが特徴である。治療として、原因疾患の治療、運動療法、自律訓練法、バイオフィードバックが組み合わされ、薬物療法は消炎鎮痛剤、血管収縮剤・拡張剤、精神安定剤、抗うつ薬などを痛みの発生機序に応じて投与する。特に慢性頭痛では、二次的に抑うつや不安、焦燥感に陥りやすく、さらに頭  痛が憎悪する悪循環が生じることがあるため、そのような悪循環を断つことが必要である。

 

過換気症候群 hyperventilation syndrome

 器質的病変がないにもかかわらず、心理的・身体的ストレスが誘因となって発作的な過換気状態が起こり、呼吸器、循環器、消化器、筋肉系などに心身両面にわたる多様な症状を呈する機能的病変。背景にパニック障害やヒステリーによる転換機制、うつ病との合併が認められることが多いが、心理的要因の関与が不明瞭で交感神経系のβ受容体の機能亢進や呼吸中枢調整因子のβエンドルフィンの低値など、体質的な弱点が主体と考えられる。
 発作時には動脈血の二酸化炭素分圧が低下し、呼吸性アルカロージス(アルカリ血症)による様々な症状のほか、不安が引き起こす交感神経系の緊張による症状が現れる。具体的な症状は、呼吸困難感、胸部苦悶感、心悸亢進、めまい、死に対する恐怖感のほか、四肢の痺れや筋硬直、意識消失もある。治療的には、発作時は重篤な病気ではなく、すぐに治まるということを告げて不安の低減を図り、必要に応じて抗不安薬が投与される。紙袋呼吸法は中心的な治療法の一つであるが、発作中に低酸素血症を示す例や死亡例があるため、酸素欠乏に十分な注意が必要である。薬物療法は、抗不安薬、抗うつ薬、βブロッカーなどがある。発作緩解期には,心理的因子に対する心理療法が施されることが考えられる。

 

過敏性腸症候群 irritable bowel syndrome

 器質的疾患がないにも関わらず、下痢、便秘、腹痛などの消化器症状や自律神経機能障害や不安・抑うつ感などの精神症状が持続し、腸管の機能異常を呈する症候群。臨床上、持続下痢型、痙攣性便秘型、下痢便秘交代型、粘液分泌型、ガス型に分類される。女性に多く、20〜40歳代に好発する。原因として、腸管運動の亢進のしやすさから便通異常を起こしやすいという生物学的素因と、不適切な食習慣、排便習慣、神経症的性格に、機械的化学的刺激、腸管感染症、過労、ストレスなどが刺激となって症状が発生する。過敏性腸症候群の診断には、大腸癌、大腸憩室疾患、乳糖不耐症、薬物副作用などの器質的疾患を除外した上で、心理社会的要因や生物学的素因を明らかにする。また、メコリール試験やストレス負荷下の大腸筋電図・内圧測定などが検査として行なわれる。治療は長期間にわたって症状の軽快と憎悪を繰り返すため、症状の消失は治療目標にしにくい。そのため患者が症状を自己コントロールできるように、生活指導、食事療法、薬物療法、自律訓練法や心理療法が組み合わされる。

 

不定愁訴 unidentified complaints

 他覚的所見がないか不明確にもかかわらず、痛みや不調などの自覚症状が強く、器質的疾患がないものを不定愁訴という。不定愁訴の特徴として、極めて主観的な訴えに終始し、単一ではなく多彩である上に時期によりその内容が変化する、他覚的所見に対して不相応に自覚症状が強いことが挙げられる。好発する身体症状は、全身倦怠感、めまい、頭痛、動悸などであり、神経筋性愁訴や呼吸循環器性愁訴は訴えの頻度が高く、また多愁訴を示しやすい。病態分類は、身体的要因として生理的機能異常の自律神経失調症の存在や、心理的要因が混在するものとして分類されているが、いずれにせよ心身両面の関与からおおよその分類が行なわれている。治療法としては、薬物療法、心理療法、生活指導などが、各症例の病態に応じて選択される。いずれにせよ、患者自身の自己についての不安を含めて患者を受容し、良好な治療関係を築くことが原則になる。

 

自律神経失調症 autonomic dystonia ; vegetative dystonia ; vegetative syndrome

 自律神経系の働きに支障が生じ、そのバランスが崩れたために起こる病的な状態。交感神経系と副交感神経系からなる自律神経系は、一般に拮抗的に作用し、生体のホメオスタシスを維持する働きを担う。交感神経系は危険時に生体が活動しやすい方向にエネルギーを放出するようにエルゴトローピックに働き、副交感神経系は交感神経系の興奮による諸器官の働きを戻したり消費エネルギーを補充するようにトロフォトローピックに働く。心身に何らかのストレスが加わると自律神経系の働きが乱れ、頭痛、めまい、肩こり、動悸、四肢のしびれ、口渇、悪心、下痢、倦怠感など、多彩な症状が出現し、不定愁訴症候群ともよばれる。自律神経失調症の治療は、自律神経調整剤やメジャー・トランキライザーなどの薬物療法や、皮膚の鍛錬、運動、自律訓練法の有効性が確認されている。

 

精神遅滞 mental retardation

 ICD-10によると、「精神遅滞は精神の発達停止あるいは発達不全の状態であり、発達期に明らかになる全体的な知的水準に寄与する能力、例えば認知、言語、運動および社会的能力の障害」と定義されている。診断は知的発達水準の遅れと社会的適応能力の弱さの二つの要素から評価され、知的発達水準の評価は田中-ビネー式検査やWISC-Vなど、適応行動評価として新版S・M社会生活能力検査やABS適応行動尺度が用いられる。原因疾患として明確なものは、感染および中毒(風疹、トキソプラズマ原虫、有機水銀中毒など)、外傷または物理的作用(難産等)、代謝障害や栄養障害(蛋白質代謝障害など)、染色体障害(ダウン症など)、胎児期の障害(早産など)、出生後脳障害(脳炎、脳膜炎など)、精神障害や情緒障害、文化的教育的環境の剥奪、特定不能なものが挙げられ、ICD-10では軽度(IQ50〜69)、中度(IQ35〜49)、重度(IQ20〜34)、最重度(IQ20未満)に分類される。AAMR(アメリカ精神遅滞学会)では軽度から最重度の定義から、支援の程度を断続的、限定的、長期的、全般的として、より実用的な指導・支援プログラムの開発に根ざした定義を行なっている(1992年)。日本においては、精神薄弱という教育・行政用語は、1999年に関連法の改正により知的障害という用語に改められている。

 

学習障害、注意欠陥・多動性障害(learning disability、attention deficit / hyperactivity disorder)

 学習障害とは、「全般的な知的発達に遅れはないが、特定の認知障害や行動障害を示す病態」である。特に学習面では、読字、書字、算数での障害が多く、教育用語として使用する立場と医学から診断する定義の立場にわかれている。原因として中枢神経系に何らかの機能障害があることが推定されているが、読字困難と発達性失語症、ADHDとの深い関連性からも妥当なものであると考えられた。近年では、微細脳障害の一つとしての学習障害から独立した病態として、DSM-Wで学習障害という用語がはじめて使用されている。この範疇には読字障害・算数障害・書字表出障害・特定不能の学習障害が含まれている。他に、多動の側面に関してADHDの名称が当てられている。
 治療に関して、神経心理学的障害を仮定し、そのプロセス訓練ができれば学習が可能であるという、カーク、クルックシャンク、マイクルバスト、フロスティッグ、エアーズ、ケファートらのアプローチが代表的であるが、ハミル(1972)のプロセス訓練が学習能力の改善に繋がらないとし、遅れのある領域に系統的課題を設定する指導を主張するものや、作業療法がある。しかし学習障害などの治療の失敗は、結果として出てくる学習の不全にアプローチしているからである。学習の基盤となるある基盤の機能不全や遅れが原因となって学習障害が現れるのであって、その機能にアプローチしていかなければ意味がない。現在は病院だけでなく、学校現場での教師による独自教材の作成のような取り組みが盛んになっている。
 注意欠陥多動障害は、DSM-V-Rで使用される疾患名であり、ICD-10では多動性障害と呼ばれている。課題への持続性や集中力が低いという注意の障害と過度に落ち着きがない多動を基本特徴とし、衝動性の亢進や情緒的な不安定、欲求不満の耐性の低さが見られる。こうした注意・多動ないし衝動性の問題が子供の年齢や知能に比べて著しい場合、診断が下される。発症は7歳以前で、広範性発達障害、気分障害、不安障害、統合失調症の診断基準は満たさないが、学習障害と合併することが多く、LDの40%にADHD、ADHDの90%にLDがみられる。男女比は5:1であり、トゥレット症候群と共に男児に多い理由として、背景にある基底核の異常、基底核の性差、右前頭前野線状体システムの機能障害(右淡蒼球と右前頭葉前方領域が小さい)ことがあげられる。他には遺伝的要因も重視されている。治療として、ノルアドレナリン活動の低下から神経興奮剤の投与が効果をあげ、リタリンやペモリンのようなメチルフェニデートが使用される。また、多動・注意といった行動面の変容には行動療法が使用されることもある。

 

児童虐待 child abuse

 虐待には、相手に暴力を加えたりセックスを強要するなどの身体的虐待と、暴言を浴びせたり無視するなどの精神的虐待がある。一般的に児童虐待の児童とは、児童福祉法に定める18歳未満とすることが妥当とされている。平成9年の厚生省児童局監修による手引書では子供の虐待のタイプを4つに分類している。
@身体的虐待:殴る、蹴る、投げ落とす、おぼれさせる、煙草の火を押しつけるなど、A性的虐待:性行為、性的暴行など、B心理的虐待:言葉による脅かしや子供からの働きかけの無視、拒否的な態度で心的外傷を与えるなど、C子供の保護養育の怠慢:家に監禁したり十分な栄養を与えず、重篤な病気でも医者に連れて行かないことや、幼児の車への放置など。
 児童虐待の対応は、虐待をする家族には家族自体が多くの問題を抱えていたり、親から子へと世代間伝達をするような親自体への対処の必要性など、いくつかの機関が連携しなければならない困難がある。世代間伝達の問題は各研究者によって諸説あるが、虐待を受けた児童の追跡研究では、自らが親となったときに約30%の者が実際に虐待を行なうなど、虐待を受けていないものより6倍以上高いという研究結果が出ている。

 

学校恐怖症・不登校 school phobia/non school attendance

 学校恐怖症の概念は、1941年にジョンソンらによって、怠学とは異なり大きな不安を伴い長期にわたって学校を休む一種の情緒障害として用いられたのが最初である。日本においては1951年に精神医学会で報告が始まり、学校恐怖症と呼ばれるあるいは親子分離不安とみなされた。1960年に、現在の国立鴻之台病院に登校拒否児の教室ができている。それからは、不登校の児童・生徒は90年代の小学生で0.1%、中学生で1%から増加の一途をたどっている。旧文部省のアンケート調査では、日本の子供たちの半数が学校に行きたくないと思っており、さらにその行きたくない子供たちのほとんどが、何らかの神経症症状を持っているという。また、自分のそのような気持ちを親や教師に理解されているとはほとんど思っていない、というように答えている。あらゆる社会階層から、不登校の子供があらわれてくる可能性がある。
 学校恐怖症の症状の典型として、登校を拒む、拒む理由を言わないか些細なこと(通常身体症状が多い)、前日には登校するというが次の朝には登校できない、登校しなくてよい状況になると元気になる、休日などは一般的に元気がよい、学校の話題に触れると不機嫌であるがそれ以外は気楽にやっているように見える、などがある。しかし不登校児の示す症状は学校に行かなかった結果出てきた二次的な反応であり、精神病ではない。教育は当然可能であり、むしろ生きる力として教育は当然保証されなければならない。
 原因として、本人、家族、学校、社会の要因と様々な要因が複合的に重なって発生すると考えられる。学校恐怖症の子供の性格傾向としては、基本的に真面目、几帳面で完全主義的ないわゆるよい子であることが多い。母親の性格傾向も一般的に強迫的で先取り的に手を出してしまうタイプが多い。一方、父親も強迫的で社会的には真面目な人として通っているが、家庭の問題に関与するのは苦手で、家庭における父親の心理的不在の状態であることがある。小学校高学年頃から不登校を呈する年長タイプは、過保護過干渉な母親のもとでよい子として適応してきた子供が自立や自己決定を迫られて不適応状態に陥り、家庭に退却することで登校拒否が始まる。年少タイプは分離不安による不登校が多いとされる。しかし不登校の増加傾向と共に多様なケースが含まれるようになり、典型例は減少してきている。
 治療として、年少者には分離不安を解消するような母子への心理療法的な働きかけが必要である。より年長タイプでは子供の自立を促すような心理療法が必要といわれている。また必要に応じて再登校に備えての受け入れについて、本人、親、学校などとコンサルテーションの場を持つことが必要になる。学校恐怖症の予後は比較的よいといわれ、七割程度はその後社会適応していくといわれている。しかしその最中の病態水準は重篤であり、不登校中の教育が必ずしも保障されていないなどの社会的不利から、予後について一概によいということはできない。

 

いじめ bullying

 いじめの定義をするときはしばしば喧嘩との相違点から述べられることが多いが、そうすることでいじめの概念の理解が容易になる。近年はいじめの手口の狡猾化、集団化、残忍化がすすみ、またいじめの理由や標的化される理由は大抵瑣末な場合が多い。いじめの対処に関しては、被害者のみならず加害者に対する関わりが大切になる。斎藤(1998)は、「いじめは欠損したパワーの補完として行なわれる」「嫉妬はいじめを発動させる」「いじめは心的外傷を残す」「いじめ・いじめられ関係は家族の中に起源を持つ」と論じているが、いじめっ子は心の中に鬱積した感情を抱いていることが多いからである。また、虐待する親に見られる世代間伝達はいじめにも当てはまることが多く、暴力にさらされて育った子供は自らの筋力が増すにつれて周囲を暴力で支配しようとするようになり、被害者の中にかつての虐げられた自己を見出し、これを圧殺することで弱い自分を排除しようとする。
 いじめのプロセスとして、孤立化の段階、無力化の段階、透明化の段階がある。はじめの孤立化の段階では、ターゲット化が行なわれる。まだ周囲に訴える主体的な力が残っているが、孤立無援感の中で大幅に失って行く。無力化の段階では最も暴力が公然と激しく行なわれ、加害者側のモラル(いじめられる方にも問題がある、いじめられてしかるべきなど)に内面から取り入れて行くようになり、周囲に訴える力をさらに失っていく。そして最後の透明化の段階では、いじめが日常的な風景となり、選択的非注意の段階になる。自殺が起こるのは、大体透明化の段階である。直接的には教育現場においては教師たちがこれらの問題に取り組んでいるが、いじめの根絶論を省みる姿勢に欠けると、悪者探しと監視の強化に終始する危険性がある。

 

アパシー apathy

 無感動、無感情、無関心、感情鈍磨を意味する。ある刺激に対して、感動したり興味を持ったり感情表現を生ずるものが、アパシーに陥ると生じない。アパシーはうつ病や統合失調症患者によく見られる症状であるが、現在ではウォルターズの学生無気力症候群として注目を浴びている。アパシーの学生では学業に対する意欲が完全に喪失し、自発的能動的な行動が消失し、学業を続けることが不可能になる。アパシーの原因として、入試の過剰学習や不本意入学による不適応、キャンパスへの役割期待と役割実現の認知のズレが指摘されている。いわゆる五月病や笠原嘉の退却神経症も類似の概念である。

 

愛着 attachment

 子供と養育者の間に形成される情緒的結びつきを、ボウルヴィ(1969)は愛着と名づけ、刻印づけと同じように人の乳児にも特定対象との近接関係を確立しようとする欲求やパターンが生得的に備わっているとした。知覚能力も運動能力も未熟な幼児が生き延びるには、他の個体から効率的に保護を引き出さなければならない。それを引き出す子供の愛着行動には、微笑や発声などの発信行動、注視や接近などの定位行動、しがみついたり抱きついたりする能動的身体接触行動がある。
 愛着は、飢えや渇きなどの生理的欲求の充足により形成されるわけではない。例えばハーロウ(1958)の実験では、ミルクを与える針金製とミルクを与えない布製の母親の模型を使用してアカゲザルの子供を用いた実験を行なった。子ザルはミルクを飲むとき以外ほとんどを布製の母親模型にしがみついて過ごし、活動拠点として探索行動を行なった。以上の事柄は、生理的欲求の充足より接触の快感の方が愛着の形成に重要であるとしている。また愛着は乳幼児期のみに機能するわけではなく、個体が自立性を獲得した後でも形を変えて存続するという。
 愛着の発達は、ボウルヴィによれば、誰にでも愛着行動を示し、人を区別した行動は見られない第一段階(生後8〜12週)、母親に対する分化した反応が見られるが、母親の不在に対して泣くような行動が見られない第二段階(生後12週〜6ヶ月)、特定の人間に対する愛着が形成され、人見知りや分離不安が顕在化して愛着行動が極めて活発な第三段階(生後6ヶ月〜2歳)、愛着対象との身体的接近を必ずしも必要としなくなる第四段階(3歳頃)を経て発達し、その間に乳幼児期に形成された愛着は次第に内在化されて内的ワーキングモデルとして他の対象へも愛着の対象やイメージを広げていくという。特に第4段階では心の理論の発達が背景にあり、行動や感情が全般的に安定してくる時期である。
 また愛着には様々なパターンが存在しており、愛着の質を測定する方法としてエインズワースら(1978)が開発したストレンジ・シチュエーション法がある。その結果愛着は4タイプに分類され、Aタイプの回避型は、親との分離に対して泣いたり混乱したりすることがほとんどなく、親とは関わりなく行動することが多い。母親の接近に対して回避をしたりする。Bタイプの安定型は、初めての場所でも母親がいることで安心し、活発に探索を行なう。母親がいなくなるとぐずったり泣いたりして母親を盛んに求めるが、母親が戻れば嬉しそうに迎えて再び探索に戻る。Cタイプの抵抗型は、分離に強い不安や抵抗を示し再会時は積極的に接触を求めたりするが、一方で機嫌が直らず抵抗を示すため、アンビバレント群ともよばれる。Dタイプの無秩序型は、A〜Cのいずれにも一貫する行動特性が見られない場合である。
 愛着を形成する要因としては、母親の対応や子供自身の気質などがあるが、ボウルヴィは母親が子供の状態や欲求をどのくらい敏感に察知して適切に対処するかが愛着の質を分けるとした。逆に、子供が不安なときにも対応しなかったり子供からの働きかけとはかみ合わない形で応答していると、子供は母親の行動を予期しにくく安定した愛着の形成は難しくなる。また、子供の気質も愛着の形成に重要であり、もともと怖がりにくい子がA群に多く、もともと怖がりな子供がC群に多いことなどが指摘されている。また生理的なリズムが不安定であれば、母親も対応に困り、愛着の形成も困難になる可能性がある。そして養育者に対して最初に形成される愛着や、親と子の日常の相互作用を通じて自己と他者に関する表象モデルが形成され、親以外との人間関係が作られるという。

 

ストレンジ・シチュエーション法 strange situation procedure

 ボウルヴィの愛着の理論に基づき、エインズワースら(1978)が乳児期の母子間の情緒的結びつきを観察し、測定するために開発した実験法。実験手続きは、満1歳の乳児を実験室に入れ、見知らぬ人に会い、母親と分離させることで子供にストレスを与え、そこでの子供の反応を観察する。このうち分離と再会の場面の反応に基づいてA群、B群、C群の3群に分類される。Aタイプの回避型は、親との分離に対して泣いたり混乱したりすることがほとんどなく、親とは関わりなく行動することが多い。母親の接近に対して回避をしたりする。Bタイプの安定型は、初めての場所でも母親がいることで安心し、活発に探索を行なう。母親がいなくなるとぐずったり泣いたりして母親を盛んに求めるが、母親が戻れば嬉しそうに迎えて再び探索に戻る。Cタイプの抵抗型は、分離に強い不安や抵抗を示し再会時は積極的に接触を求めたりするが、一方で機嫌が直らず抵抗を示すため、アンビバレント群ともよばれる。A群とC群を合わせて不安定群とも呼ぶ。3群間の比率は文化圏によって異なることが示されており、こうした反応は文化的影響が大きいことが示唆されている。

 

分離不安 separation anxiety

 子供が主の養育者から離れることに示す不安反応。反応形態は、後追いやしがみつき、分離の場面で激しく泣いたり抑うつ的になるなどである。また再会した後には、相手に怒りを示すなどもある。分離不安は、生後7,8ヶ月の人見知りの時期に始まり、人の永続性の認知によって一時的な分離は永続的な喪失ではないことが理解される1歳後半にほぼおさまるとされる。養育者との間に安定した愛着が形成されていればあまり強い分離不安は示さないが、愛着が不安定であると強い分離不安を示す。

 

刻印づけ imprinting

 離巣性の鳥類では、孵化後の特定の時期に目にした動くものに対して後追い反応を示す。K.ローレンツ(1935)はこれを刻印づけと呼んだ。これはいくつかの点で通常の学習とは異なり、(1)敏感期の存在、(2)練習や経験が不要で短時間で成立する、(3)学習の不可逆性、(4)無報酬性、(5)いったん学習が成立すると同種の他個体にも追従する超個体学習や求愛行動が挙げられる。現在は、刻印づけは特定の動物の極めて初期の特殊な初期学習の一形態であると考えられている。刻印づけは他の離巣性の個体や晩成性の動物にも見られ、同種他個体の認知とも関係しているためエソロジーだけでなく多方面から研究されている。

 

臨界期 critical period

 生物がある特性を獲得するために、生物学的に備わった最も適切で限られた期間。一定のその期間内で適切な経験をすれば学習効果は永続性を持つが、できないとその後の学習が妨げられたりする。刻印づけやヒトにおける言語の習得などが例として挙げられる。しかしその後の研究では、もっと緩やかな広がりを持ち、ある程度可逆的なものであるため、敏感期と呼ばれることが一般的である。

 

発達段階と発達課題 developmental task/developmental stage

 発達のそれぞれの段階において、到達・達成したり乗り越えるべき課題のことを発達課題という。ハヴィガーストによれば、この発達課題を乗り越えるプロセスこそが発達であると述べており、適切に解決できればその後の発達はうまく進むが、解決できなければ後の段階で多くの発達上の困難に出会うとされる。発達段階は、個体の発達過程がなだらかな連続的変化だけでなく、相互に異質で独自の構造を持つ区分への非連続的な変化が想定される。つまり、発達とは累積加算的な変化ではなく、構造の再体制化や新しい構造への転換という、質的変化の過程である。しかも段階を進むペースや到達段階には遺伝や環境による個体差があるものの、発達順序は必然的に決まっており、段階も普遍的なものとされる。したがって、本来の段階区分は各時期の特徴が並列されるだけでは無意味で、機能間の関連性も示されていなければならず、特に現段階の構造から次の構造がどのように生成されているかの解明が重要である。
 現在のところ、各研究者の独自の基準である程度限定された段階が設定されているが、例えば認知発達に関するJ.ピアジェ(1956)、精神分析理論に基づくS.フロイト、フロイトの段階理論を継承し心理社会的危機に注目したE.H.エリクソンの人格発達論が知られている。E.H.エリクソンは、自我の発達を中心に8つの発達段階と発達課題を設定した。そして各段階から次の段階への移行は危機であるため、課題を達成できない場合は適応上の問題が生じるとした。具体的には、@口唇期(乳児期)は、母親との関係の中で基本的信頼感を獲得することが課題であり、失敗すると不信感に特徴付けられた自己を獲得する。A肛門期(3,4歳頃)は、トイレットトレーニングによる諸活動の中で自律を獲得するが、失敗すると恥・疑惑を獲得する。B性器期(5,6歳頃)は、性器の感覚と歩行による活動範囲の拡大に特徴付けられ、自主性の獲得が課題となる。失敗すると、子供は両親への性的関心に対する罪悪感を獲得する。C潜伏期(11,12歳頃)は、学校での様々な活動を通して勤勉性を身につけることが課題であり、失敗した場合には劣等感を抱くようになる。D青年期は、アイデンティティの確立が課題であり、達成には性的同一性や人生観の確立、将来の見とおしをある程度もつことが必要になる。失敗すると同一性拡散の状態に陥る。E成人期初期は、友人や配偶者との親密さを経験することが課題になり、失敗すれば人間関係が表面的で孤独となる。F成人期は、自分の子供や後継者の育成という生殖性の達成が課題であり、失敗すると自己内外の停滞感覚を持つとされる。G成熟期では、それまでの人生を振り返って受容・統合することが課題になり、失敗すると絶望感を抱くという。しかしこれらは、時代や文化によって大きく異なり、比較文化研究からはこのような発達段階は西洋文明圏に特に見られるものであり、西洋圏の影響を比較的受けていない地域では思春期の危機などは見られないことも示されている。

 

発達加速現象 developmental acceleration

 世代が新しくなるにつれ、身体的発達が促進される現象。これには二つの側面があり、身長や体重などの量的側面が加速する現象を成長加速現象、初潮や精通などの性的成熟や質的変化の開始年齢が早期化する現象を成熟前傾現象という。成長加速現象の要因は、栄養状態の変化や生活様式の欧米化、都市化の影響が挙げられる。

 

乳幼児の発達 infant

 乳児期全般を通して、子供は時間と空間を秩序化する能力を身につける。知覚的には、新生児でも目の前のものの動きに注目できるが、最初の2ヶ月で動きや周辺視野にきた人への顔の追視ができるようになり、人の顔の学習をする準備機構が整う。また顔の基本的な特徴に注目をはじめ、その後の2、3ヶ月ほどで個別的な認識ができ、物と人が明確な対象になる。また後ろに物体があるのに板が倒れるような不自然な動きに注視時間が長くなるなど、物体が空間上で同じ場を占めることはあり得ないことを理解している。生後6ヶ月くらいまでに手を伸ばして探索活動が始まり、音声に関しては胎児期の終期ではすでに胎外音声を聞き、特に言語音への注意は早期に発達する。生後5ヶ月で座位が取れるため手が自由になり、把握行為の発生から視覚・運動協応が発生しはじめる。生後半年を過ぎた6〜8ヶ月までに、子供は座位から移動することができるようになる。空間が広がると共に身の回りの対象が見るだけでなく手にとって触ることのできるものに変化するため、対象の永続性の課題(一度物を見せた後、隠されたものを探させるオクルージョンの課題)の成績も向上する。また7ヶ月でマニブレーション(口の中にものをいれる)ことで、さらに物を知るようになる。8ヶ月以降になると、周囲の人間と共に第三者を見る共同的空間が成立する。これは共同注意や三項関係と呼ばれ、自分と相手との関係で感情を見直すことができるため感情とは切り離して第三者をとらえることができ、他者への問い合わせ行動のような情動を制御したり分析的に認識することができるようになる。そして生後11ヶ月で大人の真似をはじめ、道具的・機能的行為が発生しはじめて表象形成の前段階に至る。一歳半ぐらいで抽象的なカテゴリーの獲得や出来事の手順の獲得があり、手段と目的の関係が理解される。また、手段をいろいろ分化させて行為の結果に興味を持ち、いろいろな新しい手段をもった行為を反復する。18ヶ月を過ぎると、表象やシンボル機能の発生の時期であり、物事の時間的な順序を獲得するようになる。実際に語の獲得の始まる時期は満一歳であり、一歳代の前半は、シンボル機能が未形成の段階で語の獲得が行われていく。20ヶ月頃の命名期では、子供は事物に名称があることを認識し、名称を頻繁に尋ねることで語彙を急速に増やす命名の爆発が現れる。言語の獲得はチョムスキーによれば、乳児期における様々な前言語的な認知能力の獲得を背景とし、さらに文法獲得の核となる生得的な普遍文法が各国語の特徴に適用されることによる。さらには周囲の大人の語りかけが小さな子供のいいまわしを修正するように働くことも作用している。
 感情は未分化な状態から、発達過程の中で分化していく。古典的知見のブリッジスの分化図式によると、従来新生児には興奮状態しかなく、3ヶ月頃に快・不快、6ヶ月頃に基本的感情へと分化すると考えられてきた。しかし最近の研究では、新生児の段階ですでに嫌悪・興味・満足が表出され、3ヶ月頃までに喜びや悲しみ、驚きが表れ、6ヶ月頃までに怒り、恐れの表情が出現する。この表情は先天盲の乳児でも出現するため、生得的に準備されていると考えられる。また情動による乳児と養育者のコミュニケーションは月齢が上がるほど密になるが、最初は乳児は養育者の情動表出に対してそれと同じような反応をし、情動が伝染するかのように見える。また母親は情動調律とよばれる関わり方をし、乳児の情動表出に対して別の様式でそれと対応した反応を返していく。そのことから、9ヶ月を過ぎると自分の情動は共有されるものであることを理解していくことができる。1歳頃になると感情は安定度を増し、泣いている子供がいても感情の伝染が起きることは少なくなり、逆に相手に触れるような行動が現れ、2歳までにほとんどの子供が慰めるような振る舞いをするようになる。またその頃にはいじわるをすることもあるため、相手の好き嫌いといった内的傾向を把握でき、その知識を使用できることが示されている。

 

言語の獲得 language acquisition

 言語とは、音声・語彙・文法・運用・読み書きなど様々な側面があり、コミュニケーションの手段として最高次のものである。発達に関してはそれぞれで進行が異なるため明確に完成をいつにするかは困難であるが、読み書きを除いて小学校入学時点で一応の完成といわれている。
 1歳頃までの前言語期では、無意味発声にはじまって2ヶ月頃のクーイング、6ヶ月頃に「バババ」のような少数音の喃語があらわれ、特定の音声が特定の意味を有するという記号的基盤が形成される。1歳をすぎる頃から一語発話から二語発話への発達や、基本的な統語構造が形成されていく。18ヶ月を過ぎると、表象やシンボル機能の発生の時期であるが、実際の語の獲得の始まる時期は満一歳であり、一歳代の前半はシンボル機能が未形成の段階で語の獲得が行われていく。20ヶ月頃の命名期では、子供は事物に名称があることを認識し、名称を頻繁に尋ねることで語彙を急速に増やす命名の爆発が現れる。そして就学により、会話によるコミュニケーションからさらに書き言葉によるコミュニケーションが成立するようになる。
 言語の獲得は、チョムスキーによれば、乳児期における様々な前言語的な認知能力の獲得を背景とし、さらに文法獲得の核となる生得的な普遍文法が各国語の特徴に適用されることによる。さらには周囲の大人の語りかけが小さな子供のいいまわしを修正するように働くことも作用している。
 しかし言語はコミュニケーションの手段だけではなく、思考や行動調整のための道具でもある。音声を伴わずに心の中で行なわれる言語を内言、音声を伴いコミュニケーションの手段として用いられる言語を外言というが、ヴィゴツキーは外言から思考を行なう機能として内言が分化してくるとし、言葉を発することなく問題解決ができるとしている。この過渡期に自己中心性言語が存在し、ピアジェはこれを他者の存在を理解していないために現れるもので社会性が増すにつれ解消していくものと解釈したのにたいし、ヴィゴツキーは自己中心性言語は外言から内言が分化していく過渡期のプロセスであり、見かけ上は外言の形を取りつつも向けられる対象は自分自身で、内言と同じく思考のための機能を果たしていると解釈している。

 

視覚的断崖 visual cliff

 ギブソンら(1960)が乳児の奥行き知覚の研究で工夫した実験方法。床面が透けて見える高さが1mの透明ガラスがおかれ、その向こう側から母親がよんだときに乳児がその上に踏みこむかを観察する。6ヶ月児ではすでにこうした奥行きを弁別し、入ろうとしない。また奥行き知覚に関してはかなり多くの手がかりが生後1年以内に発達する。バウアー(1966)は生後6〜8週の乳児に大きさの恒常性が認められるとしているし、ランダムドット・ステレオグラムを用いた実験では、両眼網膜像差は生後3ヶ月〜6ヶ月の間に用いられるという。

 

生理的早産 physiological premature delivery

 一般に、動物は生まれた直後は未熟で動きまわれない就巣性のものと、出生時から成熟して自分の力で移動できる離巣性の2タイプに区別できる。しかしヒトの新生児は感覚器はよく発達しているものの運動能力的に未発達で、見かけ上極めて無力な状態で誕生する。ポルトマンはこれを二次的就巣性と呼び、生理的早産の考え方で説明した。つまり、ヒトは大脳皮質の発達が著しいため、十分な成熟を待って出産すると身体の大きさの問題から難産になる確率が高まる。このため、約1年早く生まれるようになったとされる。

 

原始反射 primitive reflex

 健常新生児において観察される反射的行動。例えば、支えを失うと両四肢を上に上げてつかむように動くモロー反射(驚愕反射)、口に指や乳首を入れると吸う吸啜反射、何かが触れるとその方向に口を持っていく口唇探索反射、手掌をさわると指でつかむ把握反射、緊張性頸反射、交差伸展反射、自動歩行反射などがある。健常児では多くが生後4〜5ヶ月で消失する。反射が出現するべき月齢に観察されなかったり、消失すべき月齢でも残存している場合には何らかの中枢性の障害が考えられる。

 

モロー反射 Moro reflex

 赤ん坊の背中と頭部を支えて仰向けにした状態で上体を起こして急に頭部を落下させると、両手両足を外側に伸ばし、その後ゆっくり抱きこむような上肢の運動が起こる。これは大きな音や強い振動でも引き起こすことができ、3ヶ月頃から消失し始める。

 

把握反射 grasping reflex

 把握反射には、手掌把握反射と足底把握反射があり、指で手掌を圧迫すると全指が屈曲し、検査者の指をにぎりしめる。2日間ぐらいではやや弱いがその後強くなり、誕生後3〜4ヶ月で消失する。吸啜運動により促進される。重度脳障害や上部脊髄の障害によって生じないことがある。

 

バビンスキー反射 Babinski reflex

 足の裏の外縁をゆっくり踵からつま先に向かってこすると、母趾が背屈し他の4趾が開く(開扇現象)。およそ1年で錐体路の髄鞘化により消失するため、発達検査にも用いられている。

 

ギャング・エイジ gang age

 6,7歳から12歳ぐらいの児童期に見られる仲間集団。その集団を徒党集団といい、遊びを通して形成される。この集団は極めて閉鎖性が高く凝集性も高いため、成員間の仲間意識やわれわれ意識、忠誠心を感じる。さらに青年期になって親友を作るときの基礎にもなる集団であり、集団での活動を通して自己中心性を脱し、社会的行動を身につけていく。

 

青年期 adolescence

 青年期は、人間の発達段階で児童期と成人期の間に位置し、いわば子供から大人への移行期である。この時期では、心身両面の発達が加速され、自我の目覚めや性的発達によって自己の内面への関心が増大し、それまで依存してきた親から独立しようとする心理的離乳の現象が現れてくる。
 身体的な面では、思春期のスパートによる身体的な成長と、第二次性徴の発現が見られる。男子の場合、テストステロンの働きが活発化し、体毛や低い声、性器の発達が見られて精通が生じる。女子の場合、エストロゲンやプロゲステロンの分泌が活発化し、丸みを帯びた体つきや性器の発達、月経が始まる。また青年期では、理想主義的傾向と現実への批判的傾向があり、自意識が高まり自己理解が促進される。情緒面では一般に強烈かつ不安定であり、虚栄心や羞恥心、歪曲傾向、激情の持続や情緒の極端な動揺が見られる。人格面では、自我の目覚めやアイデンティティの形成が見られ、シュプランガー(1924)は青年期の心的構造の徴候として、自我の目覚め、生活設計の成立、個々の生活領域への進展を挙げている。またアイデンティティ概念の提唱者であるE.H.エリクソン(1959)は、青年期では自己を正しく理解し、社会的に認められる形で主体的な自分を再構成することが課題となるとした。その後のアイデンティティ研究でマーシア(1966,1980)は、アイデンティティを達成か拡散の2つで見ることは限定的であるとし、危機を経験したかと特定の活動に積極的に傾倒したかの2次元を組み合わせて、4つの類型(同一性達成、早期完了、同一性拡散、モラトリアム)にわけて考えた。同一性達成は、過去に自己の可能性や選択について模索し、それを乗り越えて自分なりの信念に基づいた行動をとるようになっている状態である。早期完了は、過去に模索する機会はなかったが親や社会により認められる価値観を受け入れたタイプである。同一性拡散は、過去の模索経験の結果が明確な信念や行動に結びつかないものであり、モラトリアムは現在模索中で傾倒も明確ではない。これら4タイプを比較すると、一般に達成型やモラトリアム型の心理的成熟度や健康度が高く、同一性拡散型が最も問題とされる。しかしそれは一概に当てはまるわけではなく、達成型が他の型に移行することも少なくはない。また最近では、アイデンティティの形成が、職業、宗教、性役割、政治といった領域ごとに個別に進行することがいわれている。
 対人関係においては、両親や教師などの周囲の大人に対する第二反抗期、また友人関係は、心の支えや共通の悩みを共感しあう精神的なつながりを基準として選ぶようになるとされる。生活の大部分は友人との交流を中心に進められるようになり、家族関係の比重は相対的に少なくなる。
 さらに、伝統的に青年期は疾風怒濤の時代とされてきたが、それは普遍的ではない。ミード(1928)は、サモア島の女子青年には西欧社会で見られるような青年期の危機がないことを明らかにした。またベネディクト(1938)は、青年期の危機が文化的に条件付けられたものとし、(1)地位・役割、(2)支配−服従関係、(3)性役割の3点の違いが重要であるとしている。また近年では、青年期の危機説自体が疑問視される。大抵は平穏に青年期を通過し、重い苦悩を経験してアイデンティティ確立に至る青年は多数ではない。社会文化の変質から青年期は長くなり、青年期の影響はゆっくりと時間をかけて解決できるからと考えられている。

 

アイデンティティ identity

 エリクソン(1959、63、64)の人格発達理論における、青年期の発達課題と心理社会的危機を示す用語。エリクソンの理論は、次の8段階からなる。(1)乳児期:信頼と不信、(2)幼児前期:自立性と恥・疑惑、(3)幼児後期:自発性と罪悪感、(4)学童期:勤勉性と劣等感、(5)青年期:アイデンティティ達成とアイデンティティ拡散、(6)成人前期:親密性と孤立、(7)成人期:世代性と停滞、(8)老年期:統合性と絶望。これらの段階の危機をうまく乗り越えることが、健全な人格形成につながるとしている。
 アイデンティティは、自分自身の独自性と過去との連続性、自分が社会や他者から承認されている受容感、の2側面からなっている。そしてアイデンティティを確立することが、心身や社会的な役割や期待が急激に変化する青年期の課題とされている。この時期に、新たな自己が再統合され、自分なりの価値観や目標などが確立されなければならないとされる。この作業が、心理社会的モラトリアムの期間に行なわれ、青年は様々な環境の中で役割実験を行なうことにより、自己理解を深め、やがては職業や配偶者選択といった社会的決断を行なう。しかし近年の社会的役割を回避する傾向の人々を、小此木啓吾はモラトリアム人間と呼び、現代大衆社会における社会的性格の一つであると述べている。このアイデンティティの確立に失敗すると、自分が何者であるかよくわからない状態になり、アイデンティティ拡散の状態になる。具体的には、自分を見失う、仕事に取り組めなかったり逆に自滅的にのめりこむ、選択や決断ができない、などが挙げられる。またアイデンティティ拡散の状態にあるものは、あまり親密な関係は求めず、形式的な対人関係にとどめる傾向がある。
 その後のアイデンティティ研究でマーシア(1966,1980)は、アイデンティティを達成か拡散の2つで見ることは限定的であるとし、危機を経験したかと特定の活動に積極的に傾倒したかの2次元を組み合わせて、4つの類型(同一性達成、早期完了、同一性拡散、モラトリアム)にわけて考えた。同一性達成は、過去に自己の可能性や選択について模索し、それを乗り越えて自分なりの信念に基づいた行動をとるようになっている状態である。早期完了は、過去に模索する機会はなかったが親や社会により認められる価値観を受け入れたタイプである。同一性拡散は、過去の模索経験の結果が明確な信念や行動に結びつかないものであり、モラトリアムは現在模索中で傾倒も明確ではない。これら4タイプを比較すると、一般に達成型やモラトリアム型の心理的成熟度や健康度が高く、同一性拡散型が最も問題とされる。しかしそれは一概に当てはまるわけではなく、達成型が他の型に移行することも少なくはない。また最近では、アイデンティティの形成が、職業、宗教、性役割、政治といった領域ごとに個別に進行することがいわれている。

 

モラトリアム moratorium

 本来は経済学用語で、債務支払いの猶予や期間を意味する。エリクソン(1959)はこれを青年期の特質を示すために用い、青年期を心理社会的モラトリアムとよんだ。現代社会では、青年は身体面で発達を遂げても心理・社会的には未発達で社会人としての役割を十分に果たせない。そのためその能力が十分に発達していない青年に対し、社会的な責任や義務がある程度猶予される。
 このモラトリアムの間に、青年は現実の社会に対して一定の距離を保ち、役割実験に取り組む。そして社会生活のために必要な知識や技術を獲得するだけでなく、必要な意識や自覚を身につけてモラトリアムが終結する。このようなモラトリアム状態の青年の心理は、小此木啓吾(1979)によって古典的モラトリアムとよばれており、(1)半人前意識と自立への渇望、(2)真剣で深刻な自己探求、(3)局外者意識と歴史的・時間的展望、(4)禁欲主義とフラストレーションという特徴がある。しかし、若者文化の出現や青年期延長の動向は、青年期の位置づけを変えている。古典的モラトリアムは(1)半人前意識から全能感へ、(2)禁欲から解放へ、(3)修業感覚から遊び感覚へ、(4)同一化から隔たりへ、(5)自己直視から自我分裂へ、(6)自立への渇望から無意欲・しらけへといった変化をもたらし、このような新しいモラトリアム心理をもつモラトリアム人間を生み出したと小此木は指摘している。

 

心理的離乳 psychological weaning

 青年期前期に生じる親からの心理的自立の試み。しばしば親への反抗や葛藤を伴い、一時的に青年との関係や生活全般を不安定にするが、そのことを通じて青年は親との間に最適な心理的距離を見出し、親とは異なる価値観、信念、理想などを確立するに至る。こうした心理的離乳は、多くの場合同じ苦悩を共有する友人との相互依存関係を通じて不安に対処し、徐々に獲得されるものとされる。

 

ジェンダー gender

 セックスは男女の生物学的な差異を意味するが、ジェンダーは生物学的性に基づいて文化的、社会的、心理的に振り分けられた役割を意味する。ジェンダーは、所属する社会における性別特性に合致した行動や考え方を、周囲から働きかけられていく中で形成される。
 ジェンダー・ステレオタイプは、文化的に固定観念化した「男らしさ・女らしさ」である。達成動機、リーダーシップ遂行機能、家庭における道具的役割は男性的特性とよく対応し、表出的役割や共同性、親和動機、リーダーシップ集団維持機能については、女性的特性と合致する。しかしベム(1981)は、固定観念であるジェンダー・ステレオタイプにおける男性性と女性性は対局する概念ではなく、男女に関わらずその両方を個人が備えることを示している。また個人が持っている男性性や女性性の程度は、ライフスタイルの変化と共に変わってきている。ベムの研究では、両方のジェンダー・ステレオタイプを持っている人は自尊感情が高いなど社会適応が高いとしている。また、女性より男性、教育レベルが高い人より低い人の方、低年齢より高年齢の方が、より伝統的な性役割分業を支持する傾向がある。
 性役割の社会化のメカニズムに関する理論は、社会的学習理論、認知発達理論、精神分析、ジェンダー・スキーマ理論がある。社会的学習では、賞罰の強化学習と親をモデルにした観察学習が強調される。認知発達理論は、生物学的性の同一性が獲得されそれを維持しようとして性役割を獲得するとする。精神分析では、フロイトが生物学的性が性役割の習得に対して決定的とした後、同性の親へ同一視する理論に修正されている。ジェンダー・スキーマ理論は、男女の性に基づいた社会的スキーマを身につけ、自己概念の形成や行動様式の習得がなされるとする。

 

横断研究と縦断研究 cross-sectional method / longitudinal method

 発達に伴う変化を検討する方法として、横断研究と縦断研究がある。横断研究は、年齢の異なる集団に対して実験や調査を行ない、年齢以外の要因をできる限り統制して各年齢群を比較する。比較的短時間に多くのデータを得ることができ、費用や労力などは少なくてすむ。しかし同一対象者を追跡してはいないため、発達の連続性や安定性を明示することはできない。縦断研究では、同一の対象者を一定期間継続的に追跡し、いくつかの時点で測定を行って変化を検討する。長期にわたって行なうため発達の連続性や安定性を問題にできる反面、労力や費用は大きく、しかも大きな集団を追跡することは困難で、追跡期間の途中でも様々な原因で対象集団がさらに小さくなる可能性が高い。繰り返し測定がなされることで検査に対する慣れや練習効果なども問題になる。また双方共に、結果を解釈する際にはコーホートの要因を無視できない。コーホートとは、ある共通の特性をもつ集団を意味する。横断研究では年齢の違いに加えコーホートの違いが結果に関与するため解釈が難しくなり、縦断研究の場合は特定コーホートのみを追跡しているためどの程度結果を一般化できるかが問題になる。
 一般的に、相対的に負担の少ない横断研究が用いられることが多いが、縦断研究には個人差を検討できる利点があり、データの年齢が近接している場合には追跡が容易であると共に一貫性や変化が具体的で、因果的説明が取りやすい。他方で、同年齢の子供間に高い類似性・共通性が期待できる場合には横断研究が適用しやすい。これら二つの欠点を除くため、横断的に取った標本のいくつかを追跡する方法などが考えられているが、どちらにしろ双方の長所と留意点を踏まえおかなければ、妥当性の少ない研究になるであろう。

 

コーホート cohort

 コーホートとは、ある共通の特性をもつ集団を意味し、一般的には出生コーホートを示す。それ以外には、職業や就職、結婚などがあり、それらのコーホート集団を追跡研究する方法をコーホート研究と呼ぶ。ある継続的な調査を実施する場合、データには年齢効果と時代効果の他にコーホート効果が含まれ、それらの効果を区別しなければならない。年齢効果は、加齢や老化によって成員に共通に生起する影響要因で、時代効果は自然環境や社会環境によって社会全体に及ぶ影響要因である。コーホート効果は、それぞれのコーホートに属する人々に共通に見られる影響要因で、具体的には戦争経験や受験戦争など、コーホート特有の性質による影響要因となる。
 アメリカのシャイエやドイツのバルテスが基礎を築いたコーホート分析では、例えばある出生コーホート集団の時系列的変化を、他の出生コーホート集団の変化と比較・分析することで、年齢効果や時代効果の影響要因を排除しながら双方のコーホート集団の関連を明らかにしようとする。例えば、家族変動、職業経歴、疫学調査などの分野でコーホート分析が用いられる。コーホート研究には、現時点での集団の状況を調査して将来的に追跡調査する前向きコーホート研究と、過去の情報記録を調査して現在までの情報を分析する後向きコーホート研究がある。またそれらを組み合わせた継続コーホート研究、複数コーホートを比較するコーホート間比較研究や一つのコーホートを下位集団にわけ比較するコーホート内比較研究などがある。

 

性格特性論 personality trait theory

 個人が様々な状況の中で一貫して示す行動特徴を特性という。特性論では、一般特性をパーソナリティ構成の単位とみなし、各特性の組合せによって性格を記述しようとする。類型論はドイツを中心に発達し、特性論は因子分析の導入に従いイギリスやアメリカで発達した。特性論では、個人の性格特徴を詳細に読み取ることができ、個人間の相違を比較しやすい。しかしその反面で、人格の統一性や独自性を捉えにくいという欠点がある。さらに、研究者間で基本的特性について必ずしも一致した結果が得られていない。
 R.B.キャッテル(1965)は特性論の代表である。キャッテルの研究では、質問紙や行動観察によって得た諸特性要素の相関を求めて35の表面特性を得、さらにそれらを因子分析によって、回帰性−分裂性、高知能−低知能、精神的健康−精神的不健康、支配性−服従性、利己主義−協調性など12ないし14の根源特性を抽出した。そして各因子は独立な現れ方をするよりも、重なりあって表面的特徴を作り出すとされる。
 近年でのビッグ・ファイブ説(McCrae & Costa, 1990)では、従来の研究で提示された様々な基本特性が整理され、最終的に五つの因子が抽出されている。それは、@ディストレスに対する敏感さを含む「神経症傾向(Neuroticism)」、A社交性や活動性を示す「外向性(Extraversion)」、B想像力や感受性の強さの「開放性(Openness)」、C利他的な度合いを示す「調和性(Agreeableness)」、D自己統制力や達成動機を示す「誠実性(Conscientiousness)」である。

 

性格類型論 personality typology

 パーソナリティをいくつかの要素から構成されるものが特性論であるが、類型論ではパーソナリティを全体的にとらえ、典型的な性格を設定することで性格の理解を容易にしようとする。類型論では、パーソナリティの質的把握や典型的な事例に関する研究を重視し、性格を直感的・全体的に把握することに適しているが、中間型や分類型を無視しやすく本来多様なパーソナリティを固定的に考えやすい欠点がある。類型論の代表的理論は、クレッチマーやシェルドンなどの体質的・生物学的特徴に求める立場と、ユングやシュプランガーなどの心理的特徴に求める立場にわかれる。
 クレッチマーは、特定の体型(細長型、肥満型、闘士型)と精神疾患(統合失調症、躁鬱病、てんかん)の間に関連性を見出した。そしてこのような体型とパーソナリティ傾向の関連性は、健康な人にも当てはめることが可能であるとした。細長型-分裂気質は非社交的、無口、生真面目、用心深さといった特徴と敏感な反面狭量な面を持っている。肥満型-循環気質は善良で社交的であり、明朗で快活な反面寡黙で陰鬱な気分が交互に現れる。闘士型-粘着気質は几帳面で粘り強く、義理堅いという特徴がある。これと類似した体型に関する類型論で、シェルドンは身体の各部を測定して、内胚葉型(やわらかで丸い)、中胚葉型(直線的でがっしりしている)、外胚葉型(細長く貧弱)の体型を求め、それぞれに対応するものとして内臓緊張型(くつろぎ、安楽を好む)、身体緊張型(大胆で活動的)、頭脳緊張型(控えめで過敏)の気質を取り上げている。
 一方ユングは、人の心的エネルギーに注目してその向かう方向を基準とした、外向型と内向型の類型を提唱した。外向型は、関心を外界に向け自分と外界の関係の中で行動するタイプであり、内向型は関心が自分自身の内側に向けられる。さらに精神の主な機能として思考、感情、感覚、直感の4つを考え、これらを組み合わせて8つの類型を考え出している。
 これらの理論の他に、アイゼンクは因子分析を用いて類型学的見方と特性論的見方を統合した性格理論を提出した。性格は一般因子、グループ因子、特殊因子、誤差反応からなる4水準の階層的体制を考え、類型や特性を因子的にとらえている。それによって、外向−内向、神経症傾向、精神病傾向の三次元が互いに独立の次元として存在することが見出された。
 類型論と特性論は対比してとらえられることが多いが、これらは相容れない考え方ではなく、パーソナリティの理解には両者のアプローチの統合が望ましいと考えられている。

 

ストレス stress

 ストレスとはもともと人や物に影響をする圧力という物理学的用語であったが、その後カナダの生理学者セリエによって「外界のあらゆる要求によってもたらされる身体の非特異的反応」として用いられた。現代では、ストレスを生じさせる圧力をストレッサー、それに対する反応をストレス反応またはストレインと呼ぶことが多い。
 セリエのストレス学説では、汎適応症候群というストレス概念が導入されており、時間と共に警告反応期、抵抗期、疲憊期の3段階を経て進行する。つまり、まずストレッサーが加えられた直後に一時的に抵抗力が低下するショック相があり、そしてストレッサーに対する抵抗力が高まる反ショック相がある。そしてストレッサーに対する抵抗力が正常時を上回って維持され、さらにストレッサーが持続すると抵抗力は低下し、耐えられなくなり様々な適応障害が生じる。この反応が汎適応症候群であり、具体的には副腎皮質の肥大、胸腺・脾臓・リンパ節の萎縮、胃・十二指腸の出血や潰瘍などである。
 さらに1960年代になると、生活ストレス研究を契機としてホームズ&レイ(1967)は、ライフイベントによって引き起こされた変化に再適応するまでの労力が心身の健康状態に影響を及ぼすという考え方に基づき、社会的再適応評定尺度を作成し、個人のストレスレベルを測定しようとした。この尺度では、生活上何らかの変化をもたらす出来事(配偶者の死、結婚、失業など)をストレッサーとして43項目を挙げ、各項目にLCU得点が付与されている。そして過去1年間のLCUの合計が一定基準を超えると、病気になる可能性が高まるとされている。しかしストレスを反応としてみる見方は、個人差やストレスへの対処を無視していることが批判された。
 これに対してラザラス&フォルクマンは、ストレッサーに対する認知的評価とコーピングという個人差要因に注目し、環境と個人との相互作用を強調した。そしてストレッサーの経験から認知的評価、コーピングを経てストレス反応を表出する一連の過程を、ストレスとよんだ。個人が環境からの要求に直面した場合、その出来事が重要で脅威的なことかという評価がされ(一次的評価)、それがコントロールできるかどうか(二次的評価)が、引き起こされる情動の種類や強度を決定する。こうして引き起こされた反応は、それを低減する為の行動であるコーピングを動機付ける。コーピングが有害な評価を低減するように働けばストレス状態は緩和されるが、そうではない場合にストレスは慢性的に持続して、ストレス反応をもたらし心身の健康を損なう可能性を高めることになる。
 また近年では、ソーシャルサポートへの関心が高まっている。これは周囲の他者から受ける援助であり、カプランにより概念化された。ソーシャルサポートには、情緒的支援(信用、話を聞くなど)、評価的支援(他者との比較、フィードバックなど)、情報的支援(助言、情報など)、道具的支援(金、労働、物など)の4つがある。ソーシャルサポート期待の高い個人はストレス反応を表出しにくいことがわかっており、ソーシャルサポートのストレス緩衝効果が確認されている。

 

正規分布 normal distribution

 統計的方法で最もよく用いられる連続型の確率分布で、ガウスによって誤差の分布として発見された。分布曲線は左右対象の単峰型で、左右に裾を引く形状になる。μが0、σ2が1のとき特に標準正規分布とよばれ、μ(=0) とxに挟まれる区間に対する確率の値が正規分布表として与えられている。正規分布は各種の心理測定の理論模型に多用されているが、やや乱用されすぎるきらいがあり批判の対象となっている。

 

中心極限定理 central limit theorem

 特定の分布からN個の標本を無作為抽出すると、標本の平均分布は正規分布に従うという定理。これらの数学的条件はいわゆる正則条件といわれる条件であり、通常の心理学的な統計応用の条件では通常無理はない。中心極限定理は、測定値が正規分布するという理論模型を考える際、その有力な根拠となる重要な定理である。

 

標準化 standardization

 知能検査、学力検査、性格検査、神経心理学検査などのテストでは、検査実施時の教示、問題提示の方法、解答法の指示、検査時間などの検査実施法や受験者の反応の採点法が規定され、結果は準拠集団の得点分布に基づいて作成された集団基準に照らして得点が解釈できるように作成される。この規定を設定する手続きを標準化という。
 検査の標準化は、(1)仕様の確定、(2)検査項目の作成、(3)予備テスト、(4)項目分析、(5)項目の選択、(6)集団基準の作成を行なう。仕様の確定では、測定しようとするものに関する理論的な検討、項目の内容と形式、検査時間などを決定する。内容的妥当性はこの段階に関係する。項目の作成段階で具体的な項目を作成し、予備テストで実際に施行して検討する。それらのデータを項目分析で統計的分析を加えて項目に改良を加え、最終的に検査に含める項目を選択する。集団基準の作成では、被験者個人の検査得点を解釈するため、標本集団に対して検査を実施し、得点分布に基づいて検査得点と集団内での相対的位置付けを対応付けることで解釈基準を作成する。
 また、検査は信頼性と妥当性についてのデータを収集して検討し、検査の完成を見た後も継続的に検討を続ける必要がある。

 

信頼性 reliability

 テスト結果が一貫して同一の得点が得られる程度のこと。テストは問題項目の記憶や練習効果、疲労、検査者の違いによってばらつきがあるため、テスト結果ができるだけ一貫していることが望ましい。テストの信頼性は分散や相関係数に基づいて推定されるため、標本内の個人差が大きいほど信頼性も高く、これを範囲制約性と呼ぶ。
 通常、測定値を真値と誤差に分解し、次の指標で信頼性を評価する。(1)標準誤差:誤差の標準偏差で、小さいほど信頼性が高い、(2)信頼性指数:真値と測定値の相関係数で、大きいほど信頼性が高い、(3)信頼性係数:測定値の分散に占める真値の分散の割合で、大きいほど信頼性が高い、(4)信号:真値の分散と誤差の分散の比で、大きいほど信頼性が高い、(5)一般化可能性係数:誤差が発生する要因を分析し定義される係数で、大きいほど信頼性が高い。

 

妥当性 validity

 テストが測定しようとするものをどの程度正しく測定しているかを示す概念であり、主として内容的妥当性、基準関連妥当性、構成概念妥当性があげられる。
 内容的妥当性とは、テストの測定内容が測定したい対象を正しく測定しているかを示す概念である。質問項目が測定対象をカバーしているかを複数の専門家の判断で評価されることが望ましい。基準関連妥当性とは、テスト目的に対してテスト結果がどの程度関連しているかで評価される。テストAとテストBの間の相関が高ければ、AとBは基準関連妥当性が高いといえる。また適性テストが将来の職務成績と高い相関を示せば、適性テストと職務成績に高い基準関連妥当性があることになる。構成概念妥当性は、心理学的な諸概念がテストによりどの程度測定されるかを表す。構成概念は抽象化されているため、心理学的理論から推論された結果との対応が重視される。
 テストで測定が目指される心理学的特性は、あくまで理論的な構成概念である。意味のある測定を可能にするには、それらの特性について他の特性との関連や異なる属性を持つ被験者群間の得点の差異に関して結果を予測できる理論があらかじめ存在しなければならない。そしてデータが予測と矛盾しなければ、テスト得点の解釈は一応維持され得る。いずれにせよ、信頼性とは異なり妥当性は測定の目的との関係で評価が変わり、テストを使用する文脈を無視して妥当性を評価することは無意味である。

 

名義尺度 nominal scale

 スティーヴンスにより導入された測定の4水準の一つ。名義尺度では、数はカテゴリー分類されるだけである。例えば国名による分類や、性格を分裂質、躁鬱質、粘着質のいずれかに分類する場合などである。名義尺度で得られたデータは、度数分布、最頻値、属性相関のみ求められる。

 

順序尺度 ordinal scale

 尺度の原点が不定で、尺度も等間隔ではないが、順序情報のみを持つものとして定義される。例えばある問題に対する個人の態度が、賛成、中立、反対に分類する場合や、順位を測定する場合である。中央値、百分位、範囲、四分位偏差、順位相関係数などが求められる。

 

間隔尺度 interval scale

 名義尺度、順序尺度の上位に位置し、同一性や順序性のほかに測定対象に差や距離があるものである。原点は本来任意であるが、固定することによりその差を比較できる。ただし、乗除算はできない。例えば、温度や位置、時刻などが挙げられる。平均値、標準偏差、相関係数などを計算することができる。

 

比例尺度 ratio scale

 名義尺度、順序尺度、間隔尺度の上位に位置する尺度であり、同一性や順序性、差の等価性に加えて比率の比較ができるものである。原点に恣意性はなく、自然に決まる。長さや重さのような物理量がこれに該当し、得られた尺度値には加減乗除の四則演算ができる。平均値、標準偏差、相関係数のほかに、幾何平均や調和平均を求めることができる。

 

相関係数 correlation coefficient

 複数の変数の間の相関関係を、相関という。一般に、二つの変数が同じような変化を示すとき相関があるという。二つの変数の変動が似ていれば似ているほど、相関が高い。この相関を定量的に表現したものが、相関係数である。一般に、相関係数といえば線形相関の一つであるピアソンの積率相関係数を示す。
 積率相関係数では、二つの変数x、yの分布の特徴を示す指標の共分散と関係している。相関図では、二つの平均値を原点として軸を描いた場合、第1象言と第3象言にデータが集まる状況である。共分散でも二つの変数間の相関関係を示すことが可能であるが、共分散は測定単位の影響を受けるため、分散が異なる他の分布との比較はできない。そこで、二つの変数の標準偏差で共分散を排除して基準化し、測定単位によらない指標が考案された。これがピアソンの積率相関係数である。積率相関係数は、−1から1の値を取り、相関係数が1のときは右上がりの直線になり、−1の時には右下がりの直線になる。
 積率相関係数は、二つの変数が間隔尺度や比例尺度の場合の線形相関係数であるが、順序尺度の場合は順位相関係数(ケンドール、スピアマンなど)が求められる。また名義尺度の場合は連関係数(属性相関係数)と呼ばれ、クラメールやピアソンの連関係数がある。特に二つの変数がともに2値しか取らない2×2の分割表の場合、四分点相関係数やユールの連関係数が用いられ、ニ変量正規分布を仮定できる場合、四分相関係数が用いられる。さらに二つの変数のうち一方が2値しかとらずもう一方が連続変数の場合、点双列相関係数が用いられ、ニ変量正規分布が仮定できる場合、双列相関係数が用いられる。他に第3の変数の影響を取り除いた部分相関係数や偏相関係数がある。また、2変数間の相関係数の定義を多変量に拡張した重相関係数や正準相関係数がある。
 相関係数を利用する際には注意すべき点が4点ある。第一に、相関係数は標本データの選び方によって値が変わることがある。第二に、偽相関の問題である。二つの変数xとyの間に相関が高くても、別の変数zのためである場合がある。第三に、曲線相関の問題である。基本的に相関係数は直線的な関係を扱っており、曲線的な関係までは考慮していない。したがって、相関係数が0に近いから相関関係がないとするのは曲線関係の存在を無視する危険性がある。最後に、因果関係との関係である。相関係数が高い値があるからといって、因果関係があるわけではない。二つの事象の相関関係の情報だけでは、どちらの事象が原因で結果であるかがわからない。

 

因子分析 factor analysis

 因子分析は、測定された測定値の間に見られる構造を、できるだけ少ない数の共通説明変数(因子)を用いて説明することである。判別関数、重回帰分析、分散分析と共に多変量解析の一方法として重要である。因子分析は測定値の測定している内容が必ずしも明確ではなく、その中から共通測定成分を理解して構造を明らかにして行くことが必要な探索発見的研究ができる。因子分析のモデルで、2つ以上の測定変数(テスト)に共通に関係している因子を共通因子と呼び、単一の測定変数にだけ関係し他の測定変数と独立な因子を固有因子と呼ぶ。もともと心理学的な変数の関係を説明するものとして開発されたものなので心理学領域でよく使用されるが、医学や薬学、文学、政治などあらゆる領域で使用され始めている。

 

短期記憶/長期記憶 short-term memory / long-term memory

 記憶は保持時間の長さにより、感覚記憶、短期記憶、長期記憶に区分できる。感覚記憶は、感覚刺激をそのまま保持する記憶でアイコニック・メモリーは数百ミリ秒以内、エコイック・メモリーは数秒以内といわれる。感覚情報の中で注意を向けられた情報は符号化され、短期記憶に貯蔵される。短期記憶には要領に限界があり、メモリ・スパン・テストを用いたミラー(1956)は再生数が7±2個になることを発見し、マジカルナンバー7±2と呼んで短期記憶における最大の情報量であるとした。また保持時間にも限界があり、通常30秒以内であるため、リハーサルなどが行なわれなければ忘却される。
 長期記憶はほぼ無限の容量を持つが、言語的に記述可能な情報に関する宣言的記憶と、必ずしも言語的に記述できるとは限らない手続き記憶に区分できる。タルヴィングはさらに、宣言的記憶を個人的経験に関する記憶のエピソード記憶と、一般知識の記憶の意味記憶に区分している。
 短期貯蔵庫と長期貯蔵庫という処理過程をもとに記憶をとらえようとしたのがアトキンソン&シフリン(1968)の記憶の二重貯蔵モデルである。このモデルを支持する根拠は、記憶範囲検査の自由再生における系列位置曲線の分析から得られており、情報はまず感覚登録器に一時的に保持され、そこで選択された情報が短期貯蔵庫に入力され、一定期間保持される。そこでリハーサルを受けた情報は長期貯蔵庫に転送され、永続的に貯蔵されるとする。しかし現在では神経心理学研究から記憶はそれほど単純なものではなく、このモデルを疑問視する知見は多い。
 また、クレイク&ロックハート(1972)は二つの貯蔵庫を想定せず、処理水準の概念で記憶を考えた。例えばリハーサルにも浅い水準の維持リハーサルと深い水準の精緻化リハーサルがあり、水準が深くなるほど記憶が強固になる。また提示された情報をどのように処理するかも重要で、文字の大きさや色といった形態よりも、音韻や文章中での使用の方がより思い出しやすいことが明らかにされている。

 

作動記憶 working memory

 作動記憶は短期記憶の概念を発展させたものであるが、短期記憶が情報の貯蔵機能を重視するのに対し、作動記憶は会話、読書、計算など情報の処理機能を重視する。
 バッドリー(1990)は、作動記憶は言語的情報処理のための音声ループと、視覚的・空間的情報処理のための視空間的スクラッチパッド、およびこれら二つの下位システムを制御する中央実行部から構成されている。音声ループは言語的リハーサル・ループであり、例えば電話番号をかけるまで唱える場合などに機能する。視空間的スクラッチパッドは視空間情報をリハーサルする機能を持ち、例えば車の運転中に次の景色を思い浮かべる場合などである。
 作動記憶の容量を測るために様々な課題があるが、特に言語に関わるワーキングメモリーの容量を測るために開発されたのが、リーディング・スパン・テストである。また、課題遂行中は両側の46野近傍が活性化されていることがPET画像からわかっている。

 

系列位置効果 serial position effect

 記憶項目を順番に覚え、これを自由再生すると、覚えた順番によって再生率に影響があること。記憶リストの最初の方にあるものは再生率が高く(初頭効果)、中間部は低い。また最後の方もよく覚えており(新近性効果)、これをグラフ化したものは系列位置曲線とよばれる。さらに、リスト提示から再生までの間に計算などの妨害課題を入れると、初頭効果は影響を受けないが新近性効果は消失する。系列位置効果は比較的強固な現象であり、言語材料のみならず非被言語材料でも見られる。
 この現象は、アトキンソン&シフリン(1967)の二重貯蔵庫モデルには都合のよい証拠である。記憶の二重貯蔵庫モデルでは、短期記憶と長期記憶が仮定されているが、初頭項目は再生までの間多数回リハーサルされるため長期記憶になりやすいため再生成績がよく、新近項目は短期記憶から直接検索されるため再生がよいと考えられるからである。
 しかし長期記憶を必要とする課題でも新近性効果が観察される長期新近性効果の研究が報告され、短期記憶・長期記憶の貯蔵庫よりも検索プロセスを重視する理論が提出されている。

 

'喉まで出かかる'現象 tip-of-the-tongue phenomenon ; TOT phenomenon

 思い出せそうでなかなか思い出せない現象。目的としている単語と音は類似しているが意味が出てこない、逆に単語が出てこない、最初の文字がわかるなど様々であるが、どちらにせよ目的の単語が、意味的・音韻的な情報検索がある程度できることを示している。通常記憶検索は高速であるが、この状態では検索スピードは遅い。

 

目撃証言の信憑性 credibility of testimony

 エビングハウスに始まる記憶研究は大きな成果を収めたが、日常生活にどれだけ一般化できるかに疑問が生まれ、生態学的妥当性を持つ記憶研究に関心が向けられるようになった。そして裁判での証言はどこまで信用しうるのかという実際的な問題が、日常記憶研究の一つである目撃証言研究を盛んにしている。目撃証言の信憑性には、様々な心理的要因が影響し、その信憑性が問題となる。それには事後情報、凶器注目、異人種間識別、無意識的転移、ストレス、照明、時間経過、尋問者、動機付けなどが知られている。
 事後情報効果とは、何かの出来事を経験した後にその出来事に関連した情報を与えられると、目撃者がオリジナルの記憶と事後に与えられた情報を混合した内容を報告する現象をさす。具体的には、事件の目撃の後、ニュースや第三者からの情報を見たり聞いたりすることにより、もともとの情報が変形したり再構成される。
 ロフタス(1975)は被検者に短い映画を見せて、この効果の検討を行った。半数の被検者には「田舎の道を走って小屋を過ぎたとき、白いスポーツカーはどれほどの速度で走っていたか」と映画にはなかった質問を加え、残り半数は「止まれの標式をすぎたとき、白いスポーツカーはどれほどの速度で走っていたか」と映画と一致する質問を行なった。1週間後に「あなたは小屋を見たか」と質問されると、前者の17.3%が「はい」と回答し、後者の2.7%が「はい」と答えた。これは事後の情報が最初に経験した出来事に加えられ、再構成されたことを示している。
 また質問の語法効果も知られており、ロフタス&パーマー(1974)では、自動車事故の映画を被験者にみせた後、「自動車が激突したときに、車はどれほどの速度で走っていたか」という質問を行ない、動詞を「衝突した」「突き当たった」「ぶつかった」「接触した」などの言葉を使用した質問もなされた。結果は、「激突した」と質問した被験者の速度の質問が最も早く、表現する言葉の違いによって報告される速度に影響が現れることが示された。さらに別の実験では、ガラスは割れていなかったにもかかわらず、割れたガラスを見たかという質問に「はい」と答える割合が、「激突した」と質問した被験者で多かった。
 このような記憶の歪みを生じさせやすい要因として、誤った情報がさほど重要ではない場合、時間の経過と共に記憶が不鮮明になった場合、誤った誘導情報を信じている場合が挙げられる。しかしこのような事後情報があからさまに与えられたり、事後情報をゆっくりと注意深く呼んだりすると誘導されにくいし、記憶力がよい人には情報に対する抵抗が強いことが示されている。
 さらに凶器注目効果が知られており、目撃者が武器を持った犯人を目撃した場合、目撃者は犯人の顔より凶器の方に注目し、顔の容貌に関する知覚や記憶が成立しにくくなる現象がある(ロフタスら、1987)。
 ロフタスらの研究では、ファーストフード店でレジに凶器を向けているスライドと、レジに小切手を差し出す客のスライドを提示して、そのときの眼球運動を測定した。結果は小切手よりも多く銃を凝視し、後の記憶遂行でも凶器の刺激提示条件で成績が悪いことが示された。
 他に目撃証言に影響を及ぼす要因として、殺人事件のような凄惨な場面を目撃すると極度のストレスから注意の狭窄化を引き起こしたり、人種が異なると同人種に比べて容疑者を特定することが困難になることが知られている。

 

実験者効果 experimenter effect

 実験者が意図せずに、被験者の行動に及ぼす影響のこと。実験の対象者が実験者と同じ人間であるため、実験状況における実験者と被験者の意識・無意識レベルでの相互作用が実験結果に予期せぬバイアスをもたらすことがある。実験者効果は実験者自身に原因が求められるものであり、例えばこういう結果になれば望ましいといった願望が、知らず知らずのうちに被験者の行動に影響を及ぼすような場合である。ローゼンソールのピグマリオン効果は、担任教師の学習期待が当該生徒の成績に影響することを示している。

 

幼児期健忘 childhood amnesia ; infantile amnesia

 幼い頃の経験を想起できないこと。一般に4歳頃以前の出来事の想起は減少することが知られている。この理由として、幼児期の経験の抑圧によるとする精神分析的考え方、幼児期には言語能力が未発達なために適切な符号化ができず体制化するためのスキーマもできていないためとする考え方、幼児期の符号化は大人と異なるため符号化過程と検索過程が一致しないため思い出せないとする考え方などがある。

 

ロボトミー lobotomy

 1936年、ポルトガルのモニスによって精神病の治療として始められた脳手術で、前頭葉と間脳の線維連絡の切断を目的とする。前頭葉白質切載術ともよばれる。妄想型統合失調症、強迫神経症、退行期うつ病などに効果があるとして一時盛んに行なわれたが、外科的侵襲は不可逆的で発動性低下や感情の平板化、無関心などの人格変化が生じるため、現在ではほとんど行なわれていない。