WAIS-R成人知能検査

 

◇ アセスメントと使用する神経心理学検査

 一般に、臨床家は自分の経験に基づいて患者の観察を行い、その結果を重要な情報と考える。その観察を補う形で臨床的検査が実施される。目の前の患者の徹底的な観察からアセスメントが始まることは、神経心理学的評価においても同様である。注意を要することは、「臨床家が重要であると考える患者の行動上の側面」と「臨床的検査が捉えようとする側面」の一致点なり相違点が意識されることである。臨床家の観察はその臨床家のもつ理論に仮定されている。検査はその目的により検査項目の内容(独立変数)や反応の測定(従属変数)が異なるが、それらの変数も検査の背景となる理論上の過程から演繹されている。観察事項と検査内容の一致・不一致を知らなければ、例え知能検査といえども検査結果の信頼性が保証されない。適切な検査を選択するためにそれぞれ課題や難易度の異なる検査の特性をよく理解しておく必要がある。そうでなければ、検査の実物と施行法をみても何を見ようとしているのかわからない。そのため、認知心理学(健常な人間について)と機能障害の臨床的知識の両方が必要になる。
 また、検査を施行する目的は、アセスメントのためであって、アセスメントの目的は治療のためである。治療計画に直接・間接を問わず関係ない検査は取ってはならないし、検査が必要な場合に取らないということは必要な処置を怠るということと同じ意味である(保留する場合もあるが程度が問題)。
 そして、評価では障害に目が向きがちであるが、保たれている部分を同時に評価すると介入方略として使用できる。例えば、病識の悪い患者で言語が保たれている場合、言葉で意識づけていったり、言葉を自己統制の道具として利用したりなどである。介入はアイディア豊富になることが求められるが、その基盤を作るのが神経心理学的アセスメントであり、実際に自分が訓練に関わらなくても関係している情報を提供することでチーム医療に貢献することができる。
 このように、検査の技術、個人・集団療法、リエゾン・コンサルテーションに至るまで、チーム医療が基本であるリハビリテーション領域において、心理職は幅広く貢献することができる可能性がある。代表的なものは、以下のようなものである。

 

知能全体
 ・WAIS-R
 ・田中-ビネー知能検査X

 

簡易知能評価
 ・長谷川式簡易知能評価スケール改訂版(HDS-R)
 ・Mini Mental State Examination(MMSE)
 ・COGNISTAT認知機能検査
 ・ADAS(Alzheimer Disease Assessment Scale)

 

失語症
 ・標準失語症検査(SLTA)
 ・WAB(Western Aphasia Battery)

 

記憶
 ・WMS-R
 ・リバーミード行動記憶検査(RBMT)
 ・三宅式記銘力検査
 ・Benton視覚記銘検査
 ・Dead or Alive

 

前頭葉機能
 ・BADS 遂行機能障害の検査法
 ・ウィスコンシン・カード分類検査(WCST)
 ・Frontal Assessment Battery(FAB)
 ・alternative sequence test
 ・modified stroop test
 ・trail-making test(TMT)
 ・PASAT(Paced Auditory Serial Addition Task)
 ・語列挙
 ・かなひろいテスト
 ・Tinker Toy Test

 

視覚認知・構成
 ・標準高次視知覚検査
 ・Kohs立方体テスト
 ・レーヴン色彩マトリックス(RCPM)
 ・BIT(行動無視検査)
 ・Rey-Osterrieth Complex Figure Test
 ・立方体模写

 

動作
 ・標準高次動作性検査
 ・Motor impersistence(運動維持困難)の検査
 ・指−鼻試験

 

手続き記憶
 ・ハノイの塔

 

○ WAIS-R成人知能検査 Wechsler Adult Intelligence Scale-Revised

 最も一般的に使用されている知能検査。ウェクスラー式知能検査の特徴は、項目間の独立性が高く、プロフィール分析を行うことでIQを越えた個人の知的な構造の特徴を抽出できることである。さらに「何に間違って何ができるのか」を評価する。WAIS-Rは他のco-medicalも施行する教育を受けているが、心理士が心理学≠背景としている以上、より実用的で洗練された評価が求められる。IQや下位検査の折れ線グラフしか出せないのは、ロールシャッハ・テストで点数を出すだけで終わるのと同じことである。ロールシャッハ・テストにおいて継起分析が重要なように、WAIS-Rにおいては内容分析が重要である。
 極論すれば、点数を出して機械的にプロフィールを書くだけならば、そこに心理学の専門性はなく、臨床心理士が施行する必然性などまったくない。問題を解くためには何が必要なのかという、ベースとなっている個々の認知機能に迫ることが必要であり、そのためには健常な人間の認知機能・発達過程をよく理解し、それが破壊されたときにどのような症状(陽性・陰性)が出現するかを理解する必要がある。このことは、すべての検査に共通する。
 WAIS-Rは、神経生理学上、後部脳の機能を主に測定しており、前頭葉機能を測定するためにはWisconsin Card Sorting Test等の前頭葉検査を施行しなければならない。また、WAIS-Rには記憶を把握するための項目がほぼないため(数唱では不充分)、WMS-RやRBMT等の別の記憶検査を施行する必要がある。
 WAIS-Vが2006年発売予定。施行・採点にあたっては、マニュアルだけではなく『日本版WAIS-Rの理論と臨床−実践的利用のための詳しい解説』日本文化科学社、は必読。

 

 注目のポイント

・IQ(知能の構造に崩れがあるか、認知症化していないか)
・V-Pディスクレパンシーが12以上あるか(言語性課題と動作性課題に有意な差があるか)
・プロフィール分析(下位検査間のばらつき、得意なもの・不得意なものはなにか、どういう差があるか)
・個々の質問項目への回答内容
・検査時の様子(教示理解、検査態度、検査中の変化など)
 →以上に留意し、IQや定量的評価を絶対視しない。個人内差に注目し、定性的評価を行う。

 

 留意点

・手引きには基本的に忠実に(特に教示)。そして柔軟に。
・同一の課題内でも検査負荷は異なっている。
・検査の導入説明とフィードバックを必ずする。
・その人の経歴にも十分注意する(学歴が高い人は高い点数が出る、スポーツマンは動作性検査が高いなどがある)。
・高齢者に甘い検査結果が出る。
・所見には矛盾がないように。

 

 簡単に分類すると

・継次的な情報処理      : 算数・数唱・符号
・言語社会的な理解      : 単語・理解・類似・配列
・視空間認知・構成・イメージ : 積木模様・組合せ
・日常の視覚的な注意     : 絵画完成

 

<言語性下位検査>

1. 知識

 一般的な知識量を問うため、【結晶性知能】の量が大きく関連し、初期環境や学歴の影響を受けやすい。この要因は知識・単語・理解・類似に関しては、すべてに共通する。また、知識とは意味記憶の中に含まれるため、知識が低下すれば【意味記憶】の障害も考えられる。知識は、単に簡単な知識から複雑な知識に移行していくだけでなく、具体的な思考から抽象的な思考へ変化していくように質問紙が作られているため、質問項目の内容に注意してみる(系統発生学に、より発達の遅いものが崩壊しやすい。つまり、抽象度の高い思考の崩壊の結果、【過度の具体的な思考】が出現することがある)。

 

3. 数唱

 数唱には、順唱と逆唱の二つの構造がある。
 数唱は【聴覚性短期記憶】を測定している。SSが10あるというだけではなく、何桁取れているかにも注目する。健常値は特にないが、順唱では成人では7±2桁あたりになる。逆唱が何を測定しているかは議論があるが、より中央実行系の容量や注意の容量を必要とする【情報処理負荷】の高い項目で、より作業記憶的である。成人では、順唱と逆唱の差が3桁以上あると、注意の機能異常を疑う。逆唱が単独で3桁以下も同様に注意機能の異常を疑う。便宜的に注意機能を細分化すると、【選択性】、【持続性】、【分割性】、【転換性】に分けられる。それぞれが破壊されれば、注意障害、集中力低下、注意の容量の低下、セットの転換障害や保続(Nelsonの保続、Milnerの保続)、が生じる。
 また、【不安】から集中力の低下が生じたときも課題成績が低下する。

 

5. 単語

 【結晶性知能】の量と、持っている知識の【言語表現】の能力が大きく関与している。知識には一般常識が含まれているが、単語は純粋に語の意味を問う問題で構成されている。したがって、【学習環境】も大きく関係している。失名辞(発語失行)などで大きく低下する。

 

7. 算数

 算数の問題は、文章題で構成されているため【言語処理の負荷】が高く、さらに暗算を要求するため、情報処理負荷が数唱よりも高い構造になっている。【情報処理速度】も数唱より求められる。また、繰り上がり、繰り下がりは、【視空間イメージの表象操作】を必要とするため、空間認知を必要とする。

 

9. 理解

 理解・類似は【抽象的な思考】が要求される項目であるため、前頭前野内側部に機能低下を呈している患者であると、知識・単語と比較してこれらの項目が独立して低下する可能性がある。また、【社会的関係の理解】、【実用的な知識】、【常識的な行動】の記述も要求される。

 

11. 類似

 人間の言語発達は、音声刺激を楽しむ喃語、前言語期の表象段階を経て、名詞→動詞→関係詞の順で発達していくが、最も発達が遅いのが【抽象的カテゴリー】の発達であり、【論理的思考】である(Piagetの発達段階説)。また、理解よりも類似の方が、より直接的に範疇的思考を反映している。この抽象的カテゴリーや概念が他の項目と比べて独立して低下している場合、具体的な思考にとどまっている可能性がある。

 

<動作性下位検査>

2. 絵画完成

 過去の経験における視覚的場面のゲシュタルトとの照合を行うため(長期記憶の中のイメージとの照合)、視覚的場面の【全体構造の把握】やその欠損への【視覚的注意】が遂行に関係している。マニュアルには反応時間の記録を定めていないが、視覚刺激にすばやく反応する力を測定するため、反応時間を同時に記録しておくと解釈に役立つ。また、特に言語報告を求める必要がないため、まぐれ当たりして点数が上がる可能性もある(確信が持てない場合の反応能力)。

 

4. 絵画配列

 出来事の【時間的順序】の理解、【社会的関係のまとまり】を類推して結果を類推する、【心の理論】が必要とされる課題である。動作性検査の中で、最も【言語能力の影響】を受ける(言語は思考を媒介、促進するため。ヴィゴツキー)。また、課題枚数が検査内で変化するため、そこにも注目しておく(検査内で情報処理負荷が変化する)。

 

6. 積木模様

 【視空間認知】、【構成】、【遂行機能】が影響する。【部分の知覚を全体に統合】していくことや【視空間をイメージ】する力、【非言語的概念の構成】が必要となる課題である。逆に、【全体を部分に解体】することも必要になる。視空間認知障害、失行、遂行機能障害のある患者で課題成績が低下するが、失敗パターンはそれぞれ異なった様相を示す。似たようなものにKohs立方体検査があるが、積木模様よりも刺激と検査構造がより高度な検査である。

 

8. 組合せ

 顔・手・象のうち、ゲシュタルトの強固なものほど容易である(顔など)。組合せは、【身体図式(ボディ・スキーマ)】の発達不全・機能低下のある人は低下するが、【身体像(ボディ・イメージ)】に歪みのある人は低下するわけではない。【身体も広い意味で空間】であることを理解しておきたい。視空間認知障害のある患者でも低下する。空間とは、身体そのもの(身体図式)、手でreachできる範囲(触覚)、視野の届く範囲(視覚)のようにそれぞれの位相があるが、まったく関係のない感覚ではない。そのため、例えば半側空間無視をもつ者は、身体無視の出現も考慮しなければならないといえる。

 

10. 符号

 【情報処理速度】と【視覚−運動協応】がWAISの項目中で最も直接的に反映される。【視覚的注意】、【手指の巧緻性】も関係してくる。高齢者は結晶性知能は比較的後期まで保たれるが、【流動性知能】は低下しやすく、符号のような検査は遂行成績に影響を受けやすい。またウェクスラーは、器質性脳疾患患者の符号の成績は、類似の平均得点よりも3点以上低いと述べている。また一般的に動作性検査には制限時間のある問題が多いため、情報処理速度の低下した患者では、この影響を大きく受ける。

 

<検査態度>

 【緊張】や【不安】が検査に影響を及ぼす。緊張をほぐすために、一言声をかけたり話をしてから施行に移る工夫も必要である。和やかな雰囲気で(馴れ馴れしさとは違う)。
 高次脳機能障害は、テストに現れてくるものばかりとは限らない。意識障害の有無、ぼんやりした印象、言語的には保たれていてもコミュニケーションがずれていく、多弁、脱抑制などの感覚も重要である。