認知症の検査

 

◇ 認知症 Dementia

 認知症とは、DSM-Wでは記憶障害に失語・失行・失認・遂行機能障害のいずれかが重畳、その結果社会的・職業的機能に重大な支障が生じる一連の症候群(ICD-10では日常生活などの個人的活動への支障と定義)である。認知症とは、疾患により生じる状態像のことである。病名そのものではないし、認知症という診断名は存在し得ない。また、アルツハイマー病による認知症を雛形にするため、非アルツハイマー病の認知症にそのまま適合しないという問題がある。
 重要なことは、疾患によって転帰が異なるため、認知症であるという判断で終わるのではなく、治療のために認知症を引き起こす疾患を特定することである。疾患は70以上ある。特に臨床心理士に顕著に弱い傾向があるが、自らの診断技術を上げるには、単純な検査の施行をより洗練したものが必要であり、疾患についての医学的知識が必要である。

 

認知症を生じうる疾患の例

変性疾患 アルツハイマー病(Alzheimer Disease : AD)
前頭側頭葉痴呆(Frontotemporal Dementia : FTD)
進行性核上性麻痺(Progressive Supranuclear Palsy : PSP)
皮質基底核変性症(Cortico-basal Degeneration : CBD)
パーキンソン病(Parkinson's Disease : PD)
Lewy小体病(Lewy Body Disease : LBD)
感染症 クロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jacob Disease : CJD)
HIV脳症
インフルエンザ脳症
血管障害 脳血管性痴呆(Vascular Dementia : VD)
腫瘍 脳腫瘍
内分泌・代謝性疾患 粘液水腫
肝疾患
尿毒症
欠乏性疾患 ペラグラ脳症
ビタミンB1欠乏症
低酸素・薬毒物 心・肺疾患
一酸化炭素中毒
アルコール
その他 正常圧水頭症
てんかん
多発性硬化症

 

 我が国ではアルツハイマー病によるもの、脳血管障害によるものが多くを占め、難病指定されているものも少なくない。欧米では、アルツハイマー病の次にLewy小体病が多い。また、社会的援助には介護保険が適用される(支援費よりも優先法となっている)。

 ※ 難病情報センター

 疾患の治療に従事するものが忘れてはならないのは、介護家族への援助である。我が国においては、いまだに一家の嫁が介護役割を担うことが多い。要介護者が出るということは、家族システムにも必然的に何らかの変化が生じる。老いと死の臨床は、介護者にしばしば無力感を引き起こさせるものであり、そこに過大な無理が生じれば二人目の病人≠ェ出たり、老人虐待の問題として噴出することになりかねない。そしてそれは決して珍しいことではない。ケア側の投影同一視や自己愛という視点からも考察を加える必要はあると考えられる。

 渡辺俊之『介護者と家族の心のケア――介護家族カウンセリングの理論と実践』金剛出版

 同じことが、医療者側にもいえる。我々は大抵、「老人科」を学校が「小児科」について教えるほどにも大切にはしない。それはおそらく、老年医療や障害医療が、常に治ることのない病態との戦いであることに起因している。老年医療者は大なり小なり治せない葛藤をもつ。我々も同様に老いていくことを否定し、老いを拒絶する。治らないものに関わる時、治療者としてのアイデンティティと自己愛は完膚なきまでに破壊される。再度言えば、治療者やケアの担い手側の自己愛という視点からも考察される価値があると考える。

 現在よく使用されているスクリーニング検査は、

 大塚俊男、本間昭『高齢者のための知的機能検査の手引き』ワールドプランニング

 にコンパクトにまとまっている。実際の神経心理学検査上には、疾患ごとにいくつか特徴的な所見が見られる。認知症の診断は成年後見制度の適用など、社会的にも大きなインパクトがあるためテストバッテリーを組むなど慎重になされるべきであるが、ここでは長谷川式scale上の特徴について特に述べる。

 

【アルツハイマー病の特徴(Alzheimer Disease)】

 極めて重度の事象の健忘がみられ、時間の見当識が当初から低下し、場所の見当識はその後低下、人格の変化・先鋭化、夕暮れ症候群などが見られる。病中期には盗難妄想や嫉妬妄想が出現することもある。できないことに対する言い訳や巧みなはぐらかし、取り繕いが多い。愛想よく、状況に適合した態度をとる。病識は不明確であるため、自己評価式の抑うつ尺度の使用ができないが、抑うつ症状を示すことは特に初期で少なくないため、うつ病(仮性痴呆)との鑑別は必須である。幻覚は、幻聴よりも幻視が多く、約1割に認められる。進行は緩徐であるが最終的には失外套症候群と呼ばれる精神活動がすべて失われた状態になる。感情は比較的遅くまで保たれるため、辺縁系に働きかけるアプローチ(回想法やレミニッセンス、音楽療法、園芸療法、バリデーション療法など)が試みられている。
 形態画像所見では、広範な大脳の萎縮を認める。内側側頭葉構造や、側頭頭頂後頭移行部の萎縮が特徴で、ナイフエッジとよばれる鋭い萎縮を示す。アルツハイマー病の危険因子は、加齢、性、低教育歴、頭部外傷、アポリポ蛋白Eのε4多型が一般的に支持されている。
 また、認知症者に対して子どもに対してしゃべるような言葉遣いをすることがあるが、年長者に対して敬意を失った物言いをしてはならない。どれほどの害をもたらすか計り知れないといっても過言ではない。

 

【皮質下性の認知症の特徴(Subcortical Dementia)】

 皮質下の神経細胞や線維の変性・脱落による、

 

@ 情報処理速度の低下

A 学習そのものよりも学習した知識の想起の障害

B 要素的な認知機能障害そのものではなく、これらの認知機能の統合や使用方略の障害

C 無為やうつなどの感情障害

 

 によって特徴付けられる。原因疾患は、進行性核上性麻痺、皮質基底核変性症、Parkinson病、脳血管障害、Lewy小体病(Dementia with Lewy bodies)など。表情変化は小さく、ぼんやりとした雰囲気で、ゆっくりとした動作や思考速度が見られる。感覚障害、姿勢異常、眼球運動障害、ミオクローヌス、ジストニア、筋固縮、他人の手徴候、失語、失行、失認、錐体路症状、錐体外路症状、発動性の低下が出現するなど、病変部位によって多彩な神経学的症候や高次脳機能障害を示す。病識は多少保たれることがある。
 Lewy小体病は、欧米ではアルツハイマー病についで多い変性性疾患である。アルツハイマー病とよく似た進行性の転帰をとるが、やや海馬萎縮が軽い。後頭葉での血流低下もみられる。通常型では記憶障害を初発とし、純粋型では若年発症も少なくないが、認知障害は変動することが特徴的である。視覚認知障害や視覚構成障害が強い傾向にある。早期から幻視やせん妄を生じ、パーキンソニズムが出現する。抗精神病薬に過敏に反応して著しい運動機能低下を起こしやすいことや、逆にパーキンソン病治療薬により幻覚やせん妄を起こしやすいという治療上の問題点がある。
 脳血管性障害による認知症は、認知症に至る過程に様々な機序があり、皮質の障害、皮質−皮質下回路の障害、視床病変、大脳基底核病変、Binswangar病など、多くの経過や臨床像が見られる。単一の診断基準で網羅することは不可能であり、それぞれの臨床的特徴をよく理解しておく必要がある。

 

【前頭側頭型の認知症の特徴(Fronttemporal Dementia)】

 アルツハイマー型の病理所見を示さない初老期認知症。病理所見から、前頭葉変性症型、Pick型、運動神経疾患型に分けられる。現在、さらに意味性痴呆と進行性非流暢性失語を結合した形で、前頭側頭葉変性症(FTLD, Frontotemporal lobar degeneration)という概念が提唱されている。
 解剖学的には、前頭葉・前部側頭葉の限局性の萎縮が特徴的である。神経心理学的症状としては、記憶障害よりも、前頭葉症状が著明である。遂行機能障害、考え不精で、脱抑制、環境に対する依存性の亢進(利用行動、模倣行為、環境依存症候群)、感情易変性、興味・関心の低下、人格の変化、多幸、多動、注意障害、常同行為、固執性、保続などがみられる。常同行動として特徴的なものは、周遊と時刻表的生活がある。状況に対して不適切な態度(へらへら、つっけんどん)をとることもある。病識が不明確・欠如、または無関心。Pick typeには行動障害が見られることもあり、末期には無動・無言を経て失外套症候群に至る。

 

【treatable dementia】

 認知症の治療は、原因となった疾患により異なる。そのため、治療により全快・軽快が見こめるもの、予防が重要なもの、現時点では根本的な治療や予防が不可能なものがある。

治療可能なもの 慢性硬膜下血腫、脳腫瘍、正常圧水頭症などの外科的疾患、甲状腺機能低下症などの内分泌疾患、ビタミンB1欠乏症などの代謝性疾患、脳炎・髄膜炎などの感染・炎症性疾患
予防が重要なもの 脳血管障害
治療や予防が困難なもの Alzheimer病、Lewy小体病、前頭側頭葉変性症、皮質基底核変性症、ハンチントン病などの変性疾患

 

○ 長谷川式簡易知能評価スケール改訂版(HDS-R)

 日本で最も用いられている認知症のスクリーニング検査。記憶・見当識に関する項目を多く含み、なおかつ点数比重が高い。20/30点がカット・オフ・ポイント。改訂前は家族や親しい友人からいくつか情報を得ておく必要があったが、改訂後はその必要がなくさらに使用しやすくなっている。また、認知症スクリーニングにおいては、健常者にはクリアーできて認知症者にはクリアーできない項目であることが重要であるが、その要件も満たしている。三単語記銘は初期のアルツハイマー病の患者にも答えやすいが、より病後期の患者になるほど成績が低下しやすい。

参照論文

 加藤伸司,長谷川和夫他:改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)の作成.老年精神医学雑誌,2:1339-1347(1991).

 

○ Mini Mental State Examination(MMSE)

 欧米で最も用いられている認知症のスクリーニング検査。長谷川式よりも認知に関する項目を多く含むため、長谷川式に比べて、脳血管性障害を検出しやすい。20/30点がカット・オフ・ポイント。もしHDS-RとMMSEの成績が乖離するようなことがあれば、それが何によるものかを検討する必要がある。長谷川式は、記憶・見当識のようなアルツハイマー病の患者で低下しやすい項目に大きな比重がかかっている。それに比較してMMSEは、相対的に記憶・見当識の点数は低く、その変わりに視空間認知や構成の課題がある。

参照論文

 森悦郎,三谷洋子,山鳥重.神経疾患患者における日本版Mini-Mental Stateテストの有用性.神経心理学:82-90,1985.

 

HDS-R、MMSEによる痴呆タイプ鑑別

  AD FTD Subcortical
態度 多弁でしきりに言い訳。 おざなり。すぐ知らないという。 無表情に考え反応遅い。注意逸脱しやすい。
orientation 言い訳しながら「〜あたり」という。 見当違い。適当。 ほぼ正解で単純な誤り。意味は保持。
3単語直後再生 良好 良好 良好
遅延再生 事象の忘却。prompt無効。意味性障害(語想起5個ぐらいしか出てこない)で音韻性保たれる。 知らない、忘れたといいはる。promptやや有効。「よく考えて……」というとパッといいはなつ。持続性なくやめる。保続。 事象覚えている。prompt有効。意味性、音韻性障害(ADよりも重い傾向がある)。

 

○ Mental Function Impairment Scale(MENFIS)

 最近二週間の認知症の患者に見られる精神症状や行動の重症度、障害の程度について介護者から得られた情報に基づいて、認知症の中核症状である知的機能を評価する。MENFISでは、認知症の中核症状を認知機能、動機付け機能、感情機能の3つの主たる精神機能の障害と仮定している。
 手続きは、まず介護者から患者の家族歴、既往歴、現病歴、生活史や日常生活の情報を入手する。これらの情報に基づいて、患者との面接結果を評価するため、介護者からの情報の信頼性が重要になる。状態の日内変動が目立つ例で、繰り返し評価を行う場合には可能な限り同時刻に面接を実施するようにする。介護者と患者に対する面接結果より得られた情報を総合的に判断し、「まったく障害なし」から「完全な障害」まで7段階で重症度を評定する。

参照論文
 本間昭、新名理恵、石井徹郎、長谷川和夫:老年期痴呆を対象とした精神機能障害評価票の作成、老年精神医学雑誌、第2巻10号、p.1217-1222、1991年.

 

○ COGNISTAT認知機能検査

 器質性の損傷による認知障害の特徴の把握とリハビリやケアの指針の検討から、統合失調症、うつ病、アルコール性障害の認知障害の評価にまで使用される。20歳から87歳まで6つの年齢群に分けて標準化されている。screen-metric方式(最も難易度の高い課題に正答すれば正常とする)で行われるため、検査時間は軽度認知症で15分程度ですむ。

 1、見当識 2、注意 3、語り 4、理解、5、復唱 6、呼称 7、構成 8、記憶、9、計算 10、類似 11、判断

 

○ Alzheimer's Disease Assessment Scale(ADAS)

 アルツハイマー型認知症に対するコリン作動性薬物による認知機能の評価を目的とする。認知痴呆の重症度を判定するものではなく、複数回施行して得点変化によって認知機能の変化を評価するものである。アセチルコリン・エステラーゼ・阻害薬は現在のところ唯一の認知症薬で、日本ではエーザイからアリセプト(成分名:塩酸ドネペジル)が出ている。初期から中期のアルツハイマー病に使用し、30%程度の患者に効果があるが、進行を遅らせるわけではない。吐き気、食欲不振、下痢、腹痛などがよくある副作用。

 

 

長谷川式簡易知能評価スケール改訂版(HDS-R)

  質問内容 回答 得点
1 「お歳はいくつですか?」(2年までの誤差は正解)   0・1
2 「今日は何年ですか?」
「今、何月ですか?」
「今日は何日ですか?」
「今日は何曜日ですか?」



曜日
0・1
0・1
0・1
0・1
3 「私達が今いるところはどこですか?」 自発的に正解で2点。
5秒おき、「家ですか?病院ですか?施設ですか?」の中から正しい選択をすれば1点。
  0・1・2
4 「これから言う3つの言葉を言ってみてください」(各1点)
  A 桜 猫 電車   B 梅 犬 自動車
「あとでまた聞きますのでよく覚えておいてください」
  0・1・2・3
5 「100から7を順番に引いてください」
 100−7は? (不正解なら打ち切る)
 それからまた7をひくと?
  0・1・2
6 「私がこれから言う数字を逆から言ってみてください」
 6−8−2(不正解なら打ち切り)
 3−5−2−9
  0・1・2
7 「先程覚えてもらった言葉をもう一度言ってみてください」
(自発的に回答で2点。ヒント後で1点)
 ヒント:植物、動物、乗り物
  0・1・2
0・1・2
0・1・2
8 「これから5つの品物を見せます。それを隠しますので何があったか言ってください」
 メガネ ペン 手帳 ハサミ 時計
  0・1・2・3
4・5
9 「知っている野菜の名前をできるだけ多く言って下さい」
(10秒間発語がなければ打ち切り)5個までは0点、それから1点ずつ加点。
  0・1・2・3
4・5

 

 

Mini Mental State Examination(MMSE)

  質問内容 回答 得点
1 「今年は何年ですか」
「いまの季節は何ですか」
「今日は何曜日ですか」
「今日は何月何日ですか」

曜日

0・1
0・1
0・1
0・1
2 「ここは何県ですか」
「ここは何市ですか」
「ここは何病院ですか」
「ここは何階ですか」
「ここは何地方ですか」




0・1
0・1
0・1
0・1
0・1
3 「これからある物の名前を3つ言います。私が言い終わったら繰り返し言ってください」
 3個全て言うまで繰り返す(6回まで)。
 繰り返し回数   回  新聞 靴 みかん
  0・1・2・3
4 「100から7を順番に引いて下さい」(5回まで)
 あるいは「フジノヤマ」を逆唱。
  0・1・2・3
4・5
5 「先ほどの3つの物の名前を思い出してもう一度言ってみて下さい」   0・1
0・1
0・1
6 (時計を見せながら)「これは何ですか?」
(鉛筆を見せながら)「これは何ですか?」
  0・1
0・1
7 文章を繰り返す。「みんなで、力を合わせて綱を引きます」   0・1
8 「右手にこの紙を持ってください」
「それを半分に折りたたんでください」
「机の上に置いてください」
  0・1
0・1
0・1
9 「次の文章を読んで、その指示に従ってください」「眼を閉じなさい」   0・1
10 「何か文章を書いてください」   0・1
11 「次の図形を描いてください」(二つの五角形の錯綜図)   0・1