精神分析 psychoanalysis

 精神分析の原点は、1895年のフロイトとブロイアーの共著による「ヒステリー研究」にある。それ以前は、催眠暗示療法が取られていたが、ブロイアーは、アンナ、O嬢の催眠治療から、症状が生じたときの事情を話すと、無意識に抑圧されている感情エネルギーが発散され、症状が消失することを発見した。この催眠カタルシス法は、フロイト自身は1900年頃を境に放棄し、額に手を強く押しつけて圧迫し、強制的に過去を追及する前額法を経て、自由連想法へと移行した。これは、寝椅子に横になっている患者に対し、「筋道を立てずに心に浮かぶことを批判・選択せずにそのまま正直に話す」と基本規則を教示して行なわれる。その際に治療者は、患者の連想を傾聴しながら、その全体の雰囲気や様子に「平等に漂う注意」を向けつつその無意識を探求する。フロイトは、特定の事柄に注意を向けることを禁じ、聞き取られる一切の事柄に関心を向けるよう主張している。
 そしてフロイトは、1915年までに臨床実践を通してその理論と技法を発展させた。フロイトは心の働きを「意識」「全意識」「無意識」にわけて理解すると共に(局所論)、人の精神現象や行動を、様々な心的諸力(例えば性的本能であるリビドーや攻撃や破壊へ向かう死の本能、それに対抗する良心や理想など)の相互作用の結果として理解しようとした(力動論)。さらに、心には自我・エス・超自我の心的装置が働いており、そのバランスにより心の働きが機能するとした(構造論)。エスは、快を求め不快を避ける快楽原理に従い、時間感覚も社会的価値や秩序もない本能的な部分である。一方、超自我はエスとは逆に社会的規範を司り、道徳心、罪悪感、良心、自我理想などの心の機能を営む。そして自我は、エスや超自我からの要請を調整し、外界に適応できるよう現実検討を行う。そして自我は、これらのエス、超自我、外界の3部分の葛藤関係を調整するために防衛機制を働かせる。またある精神的エネルギー(リビドー)を仮定し、それらの心的諸力が強く作用すれば(充当)、同時に反対の力が引き起こされる(逆充当)ように、必然的に互いが葛藤を起こす性質を持ち、それらから種々の不適応や防衛機制を考える(経済論)。そして、自我・エス・超自我の相互作用やエネルギー分配の様態を幼児から成人へという発達の中でとらえ、その逆方向を退行と考える(発達論的観点)。さらには、対人関係や社会への適応という視点から心理的現象を考える(適応論)。その後、独自の理論を展開した分析家は、これらの観点のいずれかで立場を異にする。

 

精神分析療法の実際

 精神分析では、治療者がすぐに手を貸すような暗示、指示、指導などの直接的アプローチは極力排し、転移や抵抗の分析という治療の中間過程「転移神経症」を通した間接的アプローチを行なう。具体的には、患者は治療者との情緒的経験を媒介にして種々の感情を向けてくる。治療初期には、治療者の十分関心をもって傾聴するという態度に対し、尊敬、信頼、愛情を向けてくることが多い(陽性転移)。この時はしばしば症状の軽減が見られ、治療的交流もスムーズであることが多く、患者はますます愛情や信頼、時には性的な欲求や実際的な交際を期待するようになる。しかしこれらの欲求や願望は、治療者の中立性や受身性の治療原則からは満たされることはない。次第に患者は信頼できなくなり、愛情は不信感や怒りなどの陰性の感情に変化し(陰性転移)、症状の再現や治療への遅刻や休む、沈黙が続くなどが出る(行動化)。この治療関係の交流促進の停滞や障害を抵抗という。この陽性・陰性転移は、患者の幼児期以来両親との間で繰り広げられた最も基本的な課題(内的願望や衝動、葛藤など)が治療者との間で再現されたものである。いわば、かつて両親との間で作られた神経症(起源神経症)が、分析状況に再現される(転移神経症)。起源神経症の形では取り扱えなかった内的葛藤が、現在では転移神経症として治療操作が可能になる。これが転移分析である。
 そして、何でも批判・選択せずに話す緊張感と、他方では時間をかけて受容される葛藤的な対応を受ける。このストレスを受けながら受容される分析状況の体験は、患者を葛藤と退行的な状況に追い込んでいく。このとき患者はその人特有の適応や防衛機制で対応しようとするが、必ずしも成功せず、連想がわかず沈黙したり、治療の偶然の欠席や遅刻などの行動化が出現する(転移性抵抗)。他にも無意識的な不快が自由連想に昇らないようにする抑圧抵抗、疾病利得抵抗、超自我抵抗、反復強迫抵抗がある。また抵抗の現れを、それと明らかにわかるような場合を顕在性抵抗、治療状況は安定しているにもかかわらず進展も症状の変化も見られない場合を潜在性抵抗と区別する。精神分析療法では、この転移と抵抗を克服することを繰り返す(徹底操作)ことで、患者が自己の衝動や防衛のあり方、問題点を洞察することになる。
 治療者の態度として、無意識の内容に直接的な解釈や指示することをひかえ、傾聴して患者自らが気づき改善することを見守る受動的な態度、自分自身の価値判断や理想を押し付けず、治療者としての行動化(抵抗)を禁止する中立的な態度、転移や抵抗にさらされることによって生じる治療者の無意識的な願望やパーソナリティの問題点である逆転移の自覚が重要である。
 さらに精神分析のアプローチは、言語を媒体にした対話による自己洞察を目指す。患者は自由連想の内容を意識していないことが多く、潜在的な抵抗を示す場合もある。治療者はこれらを通して、患者の精神生活で幼児的な衝動や葛藤、特有の防衛方法が潜んでいることを読み取り、了解しやすい言葉で患者に伝える。これが解釈である。使用される解釈技法には、患者の連想の曖昧な点に対して連想を膨らませるように質問して明確化させる、明確化により断片的な問題がつながって矛盾点が見出されたとき自覚化よりもかえって生じやすい治療抵抗への直面化、盲目的で機械的に反復されている無意識的動機や因果関係を取り上げる解釈がある。
 以上を通してなされる言語的介入は、患者に再び連想され、さらに治療者に伝えられる連続的営みを繰り返す。この徹底操作を通じて、患者の心の防衛によって抑圧されていた情緒体験や葛藤を解きほぐすことができる。