援助行動 helping behavior
援助行動は、外的な報酬や返礼を目的とせず、自発的に行なわれる他者に利益をもたらす行動である。従って、贈答や社会的役割に基づく人助けは援助行動に含まれない。援助行動研究は、38名もの市民が目撃しているにもかかわらず、誰も駆けつけず警察への通報も遅れたことから犠牲者が死に至った、1967年のキティ・ジェノヴィーズ殺害事件を契機に高まった。ラタネ&ダリィ(1970)は、援助要請者の周囲に多くの他者が存在することにより援助行動が抑制されることを傍観者効果と呼び、これが生じる理由として、援助すべき責任が傍観者に分散される「責任の分散」、周囲の他者も援助しないのを見て援助の必要のない状況と解釈する「社会的影響」、他者からの評価を気にする「聴衆抑制」の三つを明らかにした。
以降、援助行動の規定因、意志決定過程、援助行動の習得に関する研究が数多く行なわれた。援助行動の規定因に関しては、傍観者の存在のほかに、援助者の気分や共感性、性別、年齢、外見や人種、動機づけなどの個人的特徴や、援助モデルの存在や、規範などの社会的文化的要因が検討されている。意志決定過程について、ラタネら(1970)は認知過程に焦点を当て、潜在的援助者が@緊急事態に気づき、A緊急事態と判断し、B援助責任を自分にあると判断し、C自分の被る危険性を考慮しながら介入様式を決定し、D介入を実行する、としている。この場合、見知らぬ場所や他者がいる状況では緊急事態に気づきにくく、社会的影響が生じると判断が妨げられ、多数の傍観者が存在すると責任の分散が生じるため援助行動は生起しにくくなる。また介入の能力がなかったりコストが高いとやはり援助は生じにくい。一方ピリビアンら(1982)は、緊急事態で他者の困窮を観察することが不快な感情を喚起し、その不快さを低減しようと動機づけられるという、感情に注目したモデルを提唱している。社会的規範が援助行動を促進することに注目したアプローチでは、援助を求めてくるものは助けなければならないという社会的責任性の規範、他者から受けた利益や好意に対して、それと同等のものを返すべきであるという返報性の規範、援助行動に報酬や結果が関係する公正規範が関係するとされている。
社会的促進 social facilitation
報酬や罰などの具体的働きがなくても見物者や共行動者の存在により個人の遂行行動が促進される現象を社会的促進といい、オールポート(1924)によって名づけられた。それに対し、難しい課題を遂行するときには他者の存在が遂行を悪化させる場合もあり、これを社会的抑制という。ザイアンス(1965)は、ハル&スペンサーの動因理論からこの現象を説明し、見物者や共行動者の存在は、個人の一般的覚醒水準や動因水準を高めることによって優勢反応の生起率を増大させるとしている。つまり優しい課題では正反応が優勢であるため課題遂行が促進され、難しい反応であれば誤反応が優勢になるため課題遂行は抑制される、という仮説である。それ以降、課題の遂行者が自分が評価の対象となっているという不安感が必要であるというコットレル(1972)の評価懸念説や、サンダース(1981)の課題と他者の両方に注意を向けることにより生じる葛藤状態が喚起水準を高めるという注意のコンフリクト仮説、ウィックランド(1975)の自己客体視理論では、他者の存在は自己客体視の状態に導く刺激条件の一つであり、課題遂行水準と理想水準との差異の低減行動が重視されている。ボンド(1982)の自己呈示的立場では、観察者や共行動者に好ましい印象を与えるために個人がどのような遂行行動を取るのかが問題にされている。
社会的手抜き social loafing
集団で共同作業を行なう場合、一人あたりの作業量が人数が多いほど低下する現象で、社会的怠惰ともよばれる。ラタネら(1979)は、これが共同作業に伴うロスではないことを現実集団と擬似集団を用いた実験で示している。集団の人数を変えて大声を出させたり拍手をさせたりすると、人数が増えるにつれて個人の遂行量は下がった。これは、個人の努力量が明らかになりにくく、ポジティブな結果に対する評価が得られないことと、ネガティブな結果の責任を回避できることが原因と考えられている。また社会的インパクト理論では、一生懸命やらなければならないという社会的圧力が、集団の人数が増えるにつれ小さくなるから、という説明をしている。
社会的インパクト理論 social impact theory
他者の存在が個人の遂行行動に与える影響を定式化しようとする考え方で、ラタネ(1981)は援助行動の抑制や社会的手抜きを含む広範囲の現象をこの理論で説明しようとしている。個人が受ける社会的インパクト(Imp)は、影響源である他者の強度(S)、他者との直接性(I)、他者の人数(N)の相乗関数「Imp=f(S×I×N))として定義される。また、影響源となる他者の人数だけが増加した場合、個人が受ける社会的インパクトは複合されて大きくなる(大勢の人の前でのあがりなど)。逆に影響源は一人でこれを受ける個人の人数が増加すれば社会的インパクトは分散し小さくなる(援助行動の抑制など)。