集団意思決定と理論

集団意志決定 group decision making

 複数の人々が合議によって共通の決定を下す過程は、当然個人の決定と異なる。また投票などによる集合的決定とも異なり、成員間の合意形成のために直接的な相互作用を前提とする。そのため、グループ・ダイナミクス研究の中心的なテーマとなっており、他の社会科学との共通部分も多い。
 よく知られた研究として、集団極性化がある。ストナー(1961)は、選択葛藤問題を用いて集団意志決定の研究を行なったが、その結果、個人で決定を行なった場合よりも集団決定の方がより危険性の高い決定になることを見出した(リスキー・シフト)。この結果は集団や官僚制の保守化傾向とは異なる結果であり、理由として、集団によって勇ましい議論が出がちであることや責任の分散が生じることが考えられた。しかし、項目によってはより慎重な決定がなされることもあり、その後のモスコヴィッチ&サバローニ(1969)の研究では、個々人がもともと持っている傾向が集団全体により極端な方向に強められる、集団極性化の現象が示された。
 集団極性化の説明理論として、情報的影響と社会的比較の考え方がある。情報的影響は、他者の議論を聞くことで自分以外の意見を知ることができるため、意見がより強まるというものである。これに対し社会的比較は、討議の過程で他者より先んじた意見を提示することが望ましいと判断されると、他者より極端な意見や立場を主張することで肯定的な立場を維持しようとし、その結果集団極性化が起こるという。また自己カテゴリー化理論(ターナー、1987)では、集団成員としての自己のアイデンティティをとらえ、その集団規範を内在化することで当初の意見が強まるという考え方である。

 

集団思考 groupthink

 集団の決定の質が個人の決定の質に必ずしも勝らないことは、ベトナム戦争の泥沼化やケネディ大統領のキューバ侵攻、スペースシャトル爆発事故直前の打ち上げの決定過程など、歴史的にも重要な事実である。それは、集団の中での意見の一致追求傾向を中心として、批判の抑圧や集団全体の過度の楽観主義、外集団への蔑視やステレオタイプ的思考などの傾向に陥り、集団討議の質を低下させることにより生じる。この傾向は、外部のストレスやリーダーシップの問題により促進される。集団思考は凝集性の高い集団でよりみられるが、他に決定ルールが全員一致を要求するときや決定のコストの高いときに誤った選択肢への固執が生じるときなど、他の要因が重なったときに集団思考が生み出されるという指摘がある。

 

準拠集団 reference group

 個人の意見、態度、判断、行動などの基準となる枠組みを準拠枠といい、この枠組を提供する集団を準拠集団という。一般には家族や友人などの近隣集団や所属集団であることが多いが、かつて所属していた集団や将来所属したいと望んでいる集団も準拠枠形成に影響を与える。例えばハイマン(1942)は、集団内の自己の地位評価の準拠点として、この概念をはじめて使用した。マートン(1949)は、集団規範が内在化されて行く準拠集団過程、その選択過程、社会的機能の理論化を行なっている。またシェリフ(1936)は、光点の自動運動を用いて、個人ではばらつきのあった判断が集団で行なうと一つの判断基準が形成され、後々まで影響することを示した。ニューカム(1963)のベニントン研究と呼ばれる25年にわたる研究では、大学のキャンパスを準拠集団とした女子学生は学年を追うごとにリベラルな方向に態度変化を示したのに対し、閉鎖的な友人関係や家族や出身地との癒着が強いものは保守的な態度で、25年後の追跡調査でも態度を維持していることを示した。ハイマンやマートンの研究は、集団内での他者との比較で自己の立場を決定するという比較準拠集団を、シェリフやニューカムの研究は個人の規範を提供する規範準拠集団を扱ったものである。

 

社会的アイデンティティ理論 social identity theory

 集団間の葛藤の生起過程を説明するため、タシフェル&ターナーにより提唱された理論。人は一般に明確なアイデンティティを確立し、他者との比較を通して自己評価を行なうように動機付けられる。しかし内集団における自己の所属性が強く意識される場面では、内集団・外集団間の境界を明確にして前者を後者より高く評価することでこの動機を満たすことができる。こうした集団間の社会的比較過程が、集団間の差別や内集団びいきを引き起こし、集団間の葛藤や偏見に至ると説明されている。集団間行動を個人内の認知的・動機的概念によってとらえたことが特徴的で、実際的利害対立といった構造的要因による説明を試みた他の理論とは対比をなす。

 

自己カテゴリー化 self-categorization

 社会的アイデンティティ理論において、集団間行動の主要な規定因として想定された、内集団との自己同一視という概念を操作可能にするためにターナーら(1987)により提出された概念。ある個人が内集団として認知できる集団・カテゴリーは多数あるが、それらは包括性において階層構造を持つ。これはもっとも包括性の高い「人類」カテゴリーから、人類・性別などの中レベルのカテゴリーや所属集団、最も包括性の低い自己へと至る。自己カテゴリー化において、中レベルの集団・カテゴリーはカテゴリー内類似性とカテゴリー間相違性を最大にするため基本的カテゴリーとして顕在化しやすく、内集団成員の行動を規定しやすいと考えられる。ターナーらはこの視点から、集団規範とその影響、集団極性化、集団間原因帰属などの現象について説明を試みている。

 

内集団/外集団 in-group / out-group

 自己が所属する集団を内集団、それ以外の集団を外集団と呼ぶ。一般に、内集団への所属意識が強まれば強まるほど、集団への愛着や忠誠心が高まる。外集団成員よりも内集団成員に対し、より好意的な認知・感情・行動を示す傾向(内集団びいき)が生じ、逆に外集団に対しては偏見、ステレオタイプ的認知、差別的行動が多く見られるようになる。つまり、内・外集団の境界の認知は、集団間行動の心理的基礎をなしている。

 

最小社会状況 minimal social situation

 集団と個人の関係や集団間の関係にとって最小単位の要因を調べるために考案された実験室状況。タジフェルら(1971)のものが有名。内集団・外集団間の境界は社会的に無意味な基準に基づき、行動の主体も対象も全て匿名で、典型的には成員間の相互作用もない。また、自らの行動は自己の利害に影響を及ぼさないよう設定されている。このような状況でも、内集団には協力的、外集団には差別的という「ひいき」的判断や行動が見られることが多い。