認知的斉合性理論 cognitive consistency theory
認知の体制化と再体制化に関する理論の総称であり、態度の形成・変化の過程の研究から生まれた。この理論では、思考には常に全体的な調和と安定を維持させる力が働いているため認知や態度はバラバラに存在するのではなく、一定のまとまりがあることを仮定する。その秩序的状態を認知的斉合性という。この斉合性が破れた場合、不快な緊張状態に陥り、斉合性を回復しようとする内的圧力が働く。この不斉合性低減の動機づけが最も基本的な過程である。認知的斉合性理論は、大別すると(1)ハイダーのバランス理論(1946)に始まるバランスの概念を基本とする諸理論と、(2)フェスティンガー(1957)の認知的不協和理論の2系統に分けられる。
バランス理論はP-O-X理論ともよばれ、人(p)と他者(o)と事物(x)の三者関係の均衡をもとにする対人関係の原理である。人間はバランス状態を好む傾向にあり、もしインバランスが生じたなら緊張状態に陥り、バランス状態に向かおうとすると仮定されている。ハイダーは他者や事物に対する人の関係を、事物に対する人の好意的/非好意的な態度のような心情的側面である心情関係と、自分と他者や人と事物の関係を一まとまりと知覚されている状態である単位関係にわけた。ハイダーは、三つの関係の符号の積が正ならばバランス、負ならばインバランスとした。三者関係から生ずるインバランスは、どれか一つの関係の符号が変化することで解消される。あばたもえくぼ現象はその典型であるが、実際的にはその恋人を嫌いになるバランスの取り方もあり得る。さらに、p-o-xの三者関係のうち一つが未形成の場合には、全体がバランスとなるような新たな関係が誘発されると仮定し、対人魅力と態度の形成過程を理論化した。
フェスティンガーの認知的不協和理論では、自己と環境についてのあらゆる知識を認知要素と呼び、認知要素間の関係に注目し、矛盾があると認知的不協和という不快な緊張状態に陥ると仮定した。不協和の大きさは不協和な認知要素が重要であるほど大きい。フェスティンガーは不協和の生じやすい状況として、(1)決定後、(2)強制的承諾、(3)情報への偶発的・無意図的接触、(4)社会的不一致、(5)現実と信念・感情との食い違いを例示した。また不協和の現れ方として、(1)認知の再体制化・態度変化や行動の変化、(2)環境の変化、(3)知覚と認知の歪曲、(4)情報への選択的接触があげられる。認知的不協和理論がバランス系諸理論と最も異なる点は、認知と行動を区別せず、行動も一つの認知要素として扱い、行動から発生する不斉合性を理論の中核に組み入れていることである。しかし理論は概念的にあいまいであり、結果の安定性と再現性が弱いこと、研究法にディセプションが大幅に採用されていること、を批判されている。
一般的に認知的斉合性理論は、(1)不斉合性低減の動機付けはいつでも誰にでも生ずるとは限らず、(2)その動機が他の動機と競合する場合があり、(3)当初から不斉合性の低減法として複数の様式が仮定されている、という理論検証上の難問がある。