神経症 neurosis

 神経症とは、非器質性で心因性に発現する心身機能の障害である。その心的過程が了解可能であり、現実検討力や病識は保たれている。人格は保たれているが特有のパーソナリティ傾向と関連がある。フロイトの心因論では、不安を防衛するために起こっているものであり、引き起こされた内的葛藤や不安が症状の発現に関与するとしている。近年では、神経症という用語は様々な意味に使われすぎて医学用語の域を出てしまったという理由から、DSM-V以降神経症の分類はなく、感情障害、不安障害、身体表現性障害、解離性障害、性障害に分類されている。ICD-10では「神経症性、ストレス関連性及び身体表現性障害」の大項目の下に、7つの下位分類がなされている。

(1)恐怖症性不安障害 phobia

 普通ではそのような情動を起こすはずのない対象や状況に強い恐怖を起こし、日常生活に支障をきたす精神障害。患者は自分の恐怖が病的なほど強いことは知っており和らげたいと考えているものの、思い通りにならないと訴えるのが通常である。臨床的に、広場や不慣れな場所で取り残されるといった恐怖を感じ、急性不安発作が原因で生じることが多い広場恐怖、体に触れるもの全てが不潔であると感じるため強迫洗浄を行なったりトイレを使用できないような不潔恐怖、他人といることで不安と緊張が高まり他人の軽蔑や不快感が気になる対人恐怖(類似のものに、赤面恐怖、視線恐怖、体臭恐怖、醜形恐怖など)、動物や高所、閉鎖空間、先端などへの特異的恐怖など他にも様々あり、恐怖の対象別に分類されている。恐怖症の質問紙として、ウォルピ&ラングによって作成されたFSS-T、U、Vがある。

(2)不安障害(不安神経症) anxiety disorder

 不安、つまり適応困難な破局の切迫感を主な症状とする精神的障害。不安症状は不変的な情動反応であって、神経症に限らず他の精神障害でも見られる。急性不安障害(パニック障害)は、不安発作の形で現れ、自律神経の興奮を伴う激しい不安に襲われ、死の恐怖や苦悶が起こる。身体症状として、息切れや呼吸困難、動悸、不快感、発汗、めまいなど、呼吸器系や心血管系の症状が多い。何度か発作を経験すると、また同じことが起こるのではないかという予期不安を抱くようになることが多い。全般性不安障害は、絶えず漠然としたことが不安の対象となり、浮動性不安とよばれる。病因に関して、延髄の受容器や橋の青斑核などの中枢神経系の異常が想定されており、薬物療法が奏功することが多い。また、特有の認知の歪みが指摘されており、認知行動療法の効果も大きい。

(3)強迫性障害(強迫神経症) obsessive-compulsive disorder

 強迫思考や強迫行為が反復・持続し、日常生活が困難になる精神障害。人口の2,3%にみられ、発症年代の平均は20歳代で男女比は等しい。トゥレット症候群患者の多くは強迫性障害の診断をみたす。患者の多くは強迫思考・行為が不合理であることの認識があるが、観念に圧倒され判断できない優格観念を持つ場合もある。強迫思考・観念は4つに大別でき、排泄物など汚染についての恐怖と洗浄強迫、不完全さについての不安と確認強迫、対象がなくても起こる強迫思考(縁起強迫など)、性格さ・対称性・ものの配置などのこだわりや儀式行為があるが、他の精神障害でもしばしばみられるので鑑別が必要である。若年発症の場合、強迫行為への抵抗が弱い場合、うつ病を合併する場合、妄想様観念・優格観念を持つ場合には予後が不良になる。社会適応がよい場合、発症要因が明らかな場合は予後がよい。約70%が治療により寛解または改善し、行動療法と薬物療法の有効性が確認されており、三環系抗うつ薬のクロミプラミンやSSRIが用いられる。行動療法ではエクスポージャーと反応妨害法が用いられ、他に思考中断法、セルフ・モニタリング、嫌悪条件づけが併用されている。

(4)心的外傷後ストレス障害 post traumatic stress disorder ; PTSD

 災害や事故、事件、レイプ、戦争、いじめなどの外傷体験により、強度の不安、恐怖、抑うつ症状を呈する精神障害。症状として、(1)悪夢やフラッシュバックで外傷的出来事を反復して体験する、(2)外傷的出来事を持続的に回避しようとしたり、感情が萎縮し極度のうつ状態になる、(3)睡眠障害、易怒性、集中力困難、驚愕反応などの覚醒の持続的な亢進の三つが中心となってみられる。アメリカではヴェトナム戦争の復員兵の戦争恐怖症以来多くの患者がおり、日本でも1994年の北海道南西沖地震、1995年の阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件などで注目が集まっている。約半数は3ヶ月以内に回復するが、予後不良のものは多い。通常、薬物や支持的精神療法では十分な効果が得られず、症状特異的な(認知)行動療法が著効を示す場合がある。

(5)解離性および転換性障害(ヒステリー神経症) conversion disorders/hysteria

 現実に問題となっていることを解決できずに葛藤を生じ、自我の安定を保つことが困難な結果、防衛機制の一つとして問題に直面することを回避する結果となるように様々な症状を呈することがあり、こうした病態をヒステリーと呼ぶ。麻痺、振戦、失声、失立、失歩などの身体の心因性障害である転換反応と、健忘、遁走、意識消失、幻覚、多重人格という意識野の狭窄に基づく解離反応があり、それぞれ転換型ヒステリー、解離型ヒステリーという。病因として器質的障害ではなく、未成熟なパーソナリティを持つ心因性障害といわれている。ヒステリーの際の防衛機制は抑圧と回避であるが、これを採用するのは自我機能が未発達で未熟な自我の人であるからである。しかし従来報告されることが多かったヒステリー性格を持つ症例は実際には極めて稀で、勝気、負けず嫌い、頑固であったり、逆に頼りない、依存的、ナルシシズムが強い性格であったりすることが多い。治療には、抗不安薬と少量の抗精神病薬を使用する。精神療法として、自我機能が保たれている人には洞察を得る精神療法、不充分な人には当面する仕事や学業についての支持的な精神療法が行なわれる。

ヒステリー性格 hysterical personality

 ヒステリー性格の主な特徴は、(1)自己顕示欲・虚栄心が強い、(2)派手好きで勝気、演技的な言動、(3)自己中心的で依頼心が強く、小児的、(4)被暗示性が高い。一般的に感情は不安定で、自制心に乏しく、話の中にうそが混入する。社会化が不充分なため、わがままや移り気などの未成熟さがある。症状としてのヒステリーは必ずしもヒステリー性格者のみに生じるものではなく、むしろ未成熟なパーソナリティの持ち主に生じる心因反応と考えられている。

(6)身体表現性障害(心気神経症) psychosomatic disease ; PSD

 健康や身体の機能について過度に配慮し、疾病感にとらわれている精神的な障害。心気症状自体は、神経症や統合失調症、うつ病、老年期精神障害など様々な疾患で認められる。主として、頭痛やめまい、吐き気、腹痛、痺れや疼痛、排尿障害などの身体症状や集中力の低下、疲労感などをうったえ、医療機関を転々とすることも多い。症状の規定に身体的疾病が存在する信念やとらわれがあることと、身体的異常が存在しないという複数の医師の診断を受け入れることへの頑固な拒否により診断される。

(7)離人・現実感喪失症候群(離人神経症) depersonalization/derealization

 自己の存在や周囲の対象に現実感の喪失や疎遠感を抱く現実感喪失を主徴とする精神的な障害を指す。自分自身や身体、外界に対しての知覚体験に実感がなくなり、対象の性質や状況の知覚的理解はできるにもかかわらず、それに伴う感情がわかず、「周囲の人が疎遠に感じられる」「実感がわかない」などの訴えがある。離人体験は、統合失調症やうつ病の症状の一つであるが、健常人でも過労時に体験することがある。