心身症 psychosomatic disease ; PSD
日本心身医学会では、心身症の定義を1991年に「身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態をいう。ただし、神経症やうつ病など、他の精神障害に伴う身体症状は除外する」と規定している。ICD-10やDSM-Wでは心身症の病名はなく、身体表現性障害や身体疾患に影響を与える心理的要因の中での選択に置き換わっている。
身体疾患に影響を与える心理的要因と診断するには二つの条件を満たす必要があり、A:一般身体疾患が存在している。B:心理的要因が、以下のうち一つの形で一般身体疾患に好ましくない影響を与えている。(1)その要因が一般身体疾患の経過に影響を与えており、その心理的要因と一般身体疾患の発現、悪化、または回復の遅れとの間に密接な時間的関連があることで示されている。(2)その要因が一般身体疾患の治療を妨げている。(3)その要因が、患者の健康にさらに危険を生じている。(4)ストレス関連性の生理学的反応が一般身体疾患の症状を発現させ、またはそれを悪化させている。
器質的病態は消化性潰瘍や潰瘍性大腸炎、機能的病態は偏頭痛や過敏性腸症候群が挙げられる。シフネオスらは、心身症では心理的因子は身体的諸因子と共に病状形成の一要因に過ぎず、身体症状の比重が大きいとし、失感情症の概念を提唱して自己の内的な感情への気づきとその言語的表現が制約されている状態であるとした。その他に池見酉次郎は、自分のホメオスタシスの維持に必要な身体感覚への気づきも鈍い失体感症という概念を提唱している。社会適応という面に注目すると、心身症の患者は真面目、仕事中毒、頑張り屋、頼まれると嫌といえない「過剰適応」の傾向が強く見られる。またフリードマン、ローゼンマンらによるタイプA行動パターンをもつ人々は、プロスペクティブな研究では虚血性心疾患に羅漢しやすく、重症化しやすいといわれる。
タイプA行動パターン type A behavior pattern
M.フリードマン&R.H.ローゼンマンら(1964)は虚血性心疾患患者の行動を検討した結果、彼らに特徴的な性格行動特性が存在することを見出し、それをタイプA行動パターンとよんでいる。タイプA行動の特徴として、性急で時間に切迫感を持ち、競争心が激しく攻撃的、精力的、野心的である。また大量喫煙や高血圧の傾向が高く、二次的な生活習慣が発症に寄与していると考えられる。その後のプロスペクティブ・スタディでも、タイプAは逆のタイプB行動パターンに比べて二倍以上の虚血性心疾患を発見された。また、タイプA行動パターンの特徴の中でも「敵意性」と「怒りの感情の抑制」が最も危険であることが示されている。タイプA行動パターンを取ることは現代社会における成功の条件の一つであることから、心筋梗塞などの虚血性心疾患を発症する前に行動修正することは極めて難しいといわれている。
そこで、心筋梗塞をすでに発症した症例を対象に、再発防止を目的とした心臓病カウンセリング群と、タイプA行動修正プログラムを加えた群の追跡調査が行なわれ、両方のカウンセリングを受けたほうが有意に再発率が少ないことが示された。タイプA行動修正プログラムは、心理的身体的弛緩法の学習と過剰な刺激反応の修正や自己観察教育、環境の再構成、認知感情学習などの行動学習に大別されるが、長期間根気よく続ける必要がある。近年の研究は、虚血性心疾患以外の疾患として、うつ病との関連やタイプA尺度と抑うつ尺度の相関が報告されている。日本人のタイプA行動は欧米と比べて競争性や敵意性が低いものや程度が軽いものがあり、日本的タイプA行動や日本人向けのタイプA自己チェック表も開発されている。
頭痛 headache
頭痛は頭部に感じる深部痛および投射痛で、器質的疾患に由来する症候性頭痛と、検査的に異常が認められない機能性頭痛に大別され、血管性頭痛(偏頭痛など)、筋緊張性頭痛、混合性頭痛、その他(炎症性、牽引性、心因性、耳鼻・目・口腔疾患、その他の疾患)に分類される。偏頭痛は女性に多く家族歴を有する場合が多く、尖輝暗点という前兆を持ち、吐き気、嘔吐、羞明といった随伴性が特徴である。緊張型頭痛は最も頻度が高く、両側性の締めつけられるような頭痛である。肩こりを訴えることが多く、後頭部の筋肉の異常収縮が原因と考えられている。群発頭痛は眼球周囲を中心とする拍動性の頭痛で、男性に多く、流涙、結膜充血、鼻汁などの随伴症状を持つことが特徴である。治療として、原因疾患の治療、運動療法、自律訓練法、バイオフィードバックが組み合わされ、薬物療法は消炎鎮痛剤、血管収縮剤・拡張剤、精神安定剤、抗うつ薬などを痛みの発生機序に応じて投与する。特に慢性頭痛では、二次的に抑うつや不安、焦燥感に陥りやすく、さらに頭 痛が憎悪する悪循環が生じることがあるため、そのような悪循環を断つことが必要である。
過換気症候群 hyperventilation syndrome
器質的病変がないにもかかわらず、心理的・身体的ストレスが誘因となって発作的な過換気状態が起こり、呼吸器、循環器、消化器、筋肉系などに心身両面にわたる多様な症状を呈する機能的病変。背景にパニック障害やヒステリーによる転換機制、うつ病との合併が認められることが多いが、心理的要因の関与が不明瞭で交感神経系のβ受容体の機能亢進や呼吸中枢調整因子のβエンドルフィンの低値など、体質的な弱点が主体と考えられる。
発作時には動脈血の二酸化炭素分圧が低下し、呼吸性アルカロージス(アルカリ血症)による様々な症状のほか、不安が引き起こす交感神経系の緊張による症状が現れる。具体的な症状は、呼吸困難感、胸部苦悶感、心悸亢進、めまい、死に対する恐怖感のほか、四肢の痺れや筋硬直、意識消失もある。治療的には、発作時は重篤な病気ではなく、すぐに治まるということを告げて不安の低減を図り、必要に応じて抗不安薬が投与される。紙袋呼吸法は中心的な治療法の一つであるが、発作中に低酸素血症を示す例や死亡例があるため、酸素欠乏に十分な注意が必要である。薬物療法は、抗不安薬、抗うつ薬、βブロッカーなどがある。発作緩解期には,心理的因子に対する心理療法が施されることが考えられる。
過敏性腸症候群 irritable bowel syndrome
器質的疾患がないにも関わらず、下痢、便秘、腹痛などの消化器症状や自律神経機能障害や不安・抑うつ感などの精神症状が持続し、腸管の機能異常を呈する症候群。臨床上、持続下痢型、痙攣性便秘型、下痢便秘交代型、粘液分泌型、ガス型に分類される。女性に多く、20〜40歳代に好発する。原因として、腸管運動の亢進のしやすさから便通異常を起こしやすいという生物学的素因と、不適切な食習慣、排便習慣、神経症的性格に、機械的化学的刺激、腸管感染症、過労、ストレスなどが刺激となって症状が発生する。過敏性腸症候群の診断には、大腸癌、大腸憩室疾患、乳糖不耐症、薬物副作用などの器質的疾患を除外した上で、心理社会的要因や生物学的素因を明らかにする。また、メコリール試験やストレス負荷下の大腸筋電図・内圧測定などが検査として行なわれる。治療は長期間にわたって症状の軽快と憎悪を繰り返すため、症状の消失は治療目標にしにくい。そのため患者が症状を自己コントロールできるように、生活指導、食事療法、薬物療法、自律訓練法や心理療法が組み合わされる。
不定愁訴 unidentified complaints
他覚的所見がないか不明確にもかかわらず、痛みや不調などの自覚症状が強く、器質的疾患がないものを不定愁訴という。不定愁訴の特徴として、極めて主観的な訴えに終始し、単一ではなく多彩である上に時期によりその内容が変化する、他覚的所見に対して不相応に自覚症状が強いことが挙げられる。好発する身体症状は、全身倦怠感、めまい、頭痛、動悸などであり、神経筋性愁訴や呼吸循環器性愁訴は訴えの頻度が高く、また多愁訴を示しやすい。病態分類は、身体的要因として生理的機能異常の自律神経失調症の存在や、心理的要因が混在するものとして分類されているが、いずれにせよ心身両面の関与からおおよその分類が行なわれている。治療法としては、薬物療法、心理療法、生活指導などが、各症例の病態に応じて選択される。いずれにせよ、患者自身の自己についての不安を含めて患者を受容し、良好な治療関係を築くことが原則になる。
自律神経失調症 autonomic dystonia ; vegetative dystonia ; vegetative syndrome
自律神経系の働きに支障が生じ、そのバランスが崩れたために起こる病的な状態。交感神経系と副交感神経系からなる自律神経系は、一般に拮抗的に作用し、生体のホメオスタシスを維持する働きを担う。交感神経系は危険時に生体が活動しやすい方向にエネルギーを放出するようにエルゴトローピックに働き、副交感神経系は交感神経系の興奮による諸器官の働きを戻したり消費エネルギーを補充するようにトロフォトローピックに働く。心身に何らかのストレスが加わると自律神経系の働きが乱れ、頭痛、めまい、肩こり、動悸、四肢のしびれ、口渇、悪心、下痢、倦怠感など、多彩な症状が出現し、不定愁訴症候群ともよばれる。自律神経失調症の治療は、自律神経調整剤やメジャー・トランキライザーなどの薬物療法や、皮膚の鍛錬、運動、自律訓練法の有効性が確認されている。