行動療法 behavior therapy

 行動科学的な考えを背景とする行動変容法は、パブロフと同時代のベヒテレフやワトソン&レイナーからであるが、さらに発展し学習理論のもとに行動療法として成立することに貢献したのは、ウォルピ、アイゼンク、スキナーである。ウォルピは1958年に「逆制止による心理療法」で動物実験と臨床経験を元にして、人間の不適応行動の病態について実験科学的な理論化を試み、神経症の主症状である不適応的な不安・恐怖の治療法として系統的脱感作法を提案した。次にアイゼンクは、不適応行動の原因についての精神分析的な考え方を批判し、不適応行動の原因は適切な行動の学習の欠如か不適切な行動の学習結果であり、その治療法は不適応行動の解学習か適応行動の再学習を通してなされるべきとした。そして1960年に「行動療法と神経症」を出している。スキナーは、1953年に「科学と人間行動」をだし、オペラント条件付けの諸原理は人間行動の支配的原理であると主張する一方で、同じ年にリンズレーと共にオペラント条件付けの臨床的応用を行なった。オペラント条件付けは人間行動を広く支配するため臨床的応用の幅が広く、行動療法の重要な中心技法として位置付けられる。
 行動療法の一般的特徴として、@不適応行動を誤学習や学習の欠落としてみること。A環境要因を重視する応用行動分析にしろ、認知的要因を重視する認知行動療法にしろ、現在の生活場面に焦点を当てる。B治療計画は科学的に実証された研究知見に基づいて立案され、効果判定に単一事例研究法が用いられる。C場所を選ばず、治療の場の拡大ができる。D技法を組合わせて治療パッケージとして使用する。E治療者−来談者関係は協調的であり、治療計画は双方の合意で作成される、などが挙げられる。
 行動療法の診断は行動アセスメント・行動分析といわれ、具体的には不適応行動を特定して治療目標を明確にし、その症状の形成メカニズムを分析し、それによってどの技法を選択するかを検討する。この治療目標の設定から治療計画を立てるまでの一連の作業が行動分析である。

 

行動療法で用いられる技法

(1)刺激統制法

 行動が特定の先行刺激や手がかりによって生起する場合、その行動は刺激統制下にある。したがって、不適応行動を生起させている刺激を除去したり適応行動が生起しやすい刺激を整えるなどの環境調整がこれに当たる。

(2)系統的脱感作法 systematic desensitization

 ウォルピによって神経症の主症状である不適応的な不安や恐怖の治療のため提案された手法。標準的な手続きとして、患者の不適応的な不安・恐怖を惹起する刺激を調査し、強いものから弱いものへ配列する不安ヒエラルキーを準備し、それらに対抗する手段として患者に全身弛緩の指導を行なう。そののち、患者を深い弛緩状態において不安・恐怖反応への抵抗性を高めておいて、不安ヒエラルキーの最も弱いものから具体的にイメージさせ、そのイメージに対して不安・恐怖を感じなくなるまで繰り返しイメージさせる。その作業を、不安ヒエラルキーの各刺激ごとに繰り返す(脱感作)、また現実に刺激にさらす現実脱感作(in vivo exposure)や、最強の刺激にいきなり直面させるフラッディング法もある。これは、系統的脱感作法が無効なヒステリー性の不安・恐怖の治療法として用いられるが、慎重に用いなければ逆に不安や恐怖を条件付けることになる。

(3)オペラント条件付け療法 operant conditioning therapy

 スキナーによって研究されたオペラント条件付けに関する諸原理を応用する治療技法。大別して、適応行動の形成と確立を目指すものと、不適応行動の抑制や除去を目指す治療手続きがある。前者は、望ましい行動に対してその行動の生起率を高めるような正の強化子を随伴させるか、行動生起の際に嫌悪刺激が除去される方法を取る。後者は、望ましくない行動に対してそれを抑制するような負の強化子を与えるか、不適応行動を高める後続刺激を遮断することで消去を行なう。強化子としては、賞賛や承認、注目、関心などの社会的強化子と、具体的な事物の物理的強化子がある。これらに加え、技術的にとくに重要なのがシェイピングとトークン・エコノミーである。シェイピングは、形成しようとする行動が複雑でいきなり確立するのが困難な場合、標的行動をスモール・ステップに分け、達成が容易なものから順に形成し、段階的に目標行動の確立を目指す。これは誤反応より正反応を起こさせることが重要であり、学習者の動機付けを低下させる誤反応はなるべく起こさせないようにするべきであるとの考え方に基づく。もう一つのトークン・エコノミーは、正の強化子を行動の生起ごとに与えるのが不都合な場合、それに加えて代用貨幣のトークンを与え、トークンの数が一定数に達したときあらかじめ約束しておいた本来の強化子と交換する方法である。トークンは二次的強化子の役割を果たす。一般にシェイピングとの併用が効果的である。オペラント条件付けは行動の大部分を支配するだけに、行動療法の技法の中でも重要であり応用範囲も広い。

(4)負の訓練法と飽和法 negative practice

 患者の症状や不適応的な習癖を、意図的かつ集中的に繰り返すことでその症状を消失させる技法。ハルの行動理論を背景とし、臨床的にチックの治療に用いられる。反応制止と条件性制止を繰り返して反応ポテンシャルを上回れば、実際の行動は生じないという理論的説明に基づく。飽和法は負の訓練法に類似しており、患者の不適応的嗜好を除去するために患者の嗜好する刺激を徹底して与え、その刺激に対して患者を飽和状態にする技法である。

(5)嫌悪療法 aversion therapy

 嫌悪刺激を使用して不適応行動の抑制をねらう治療技法。具体的な手続きには、患者に不適応行動をとらせるかイメージさせたときに嫌悪刺激を対提示するレスポンデント技法と、患者の不適応行動時に嫌悪刺激を与え、引き続いて患者が積極的に不適応行動を中止したときに嫌悪刺激を除去するオペラント技法がある。一般に、治療が極めて困難な薬物・アルコール依存や性的逸脱行動の治療法として用いられるが、むしろヒステリー性の咳発作など、一部のヒステリー性の症状に治療効果を持つ。患者に強度の苦痛を与えるため、適用には倫理的問題をはらみ、さらに単独で用いるだけでなく適切な行動の形成も図らなければ治療効果は上がりにくい。

(6)モデリング法 therapeutic modeling

 学習者が直接に反応して強化を受けるというミラーの模倣の概念や、ロッターの人間の行動は目標への期待によって決定され、その期待は社会的状況で学習されるとした社会的学習理論をさらにすすめて、A.バンデューラは無試行で無報酬であっても他人の行動を観察することで様々な行動を学習することを指摘し、観察学習とよんだ。この事実を応用し、すでに獲得されている不適切な行動をモデリングによって消去し、同じにモデル観察を通して適応した行動を獲得させることによって患者の不適応行動の修正を図る方法がモデリング法である。モデリング学習の効果としてバンデューラは、(1)モデルの観察をすることで新しい行動パターンを獲得する観察学習効果、(2)すでに獲得している行動を抑制・制止したり、逆にその抑制を弱める制止・脱制止効果、(3)他者の行動によりすでに獲得している行動を促進する反応促進効果を挙げている。単一恐怖、社会恐怖、強迫性障害のほか、社会的引っ込み思案などの不適応行動、統合失調症患者に対するSSTなどの効果が確認されている。

上記の基本的な諸原理を基礎に組みたてられたより特殊な技法が以下である。

(7)行動契約法 behavioral contrac

 二者間あるいは当事者間で互いの履行すべき行動や義務と賞罰を一つ一つ明記し、これに基づいて望ましい行動変容を図る技法。主として反社会的不適応行動である非行に用いられる。この技法は約束事や社会的規範の習得と同時に当人の権利と義務を背景とした自尊的意識の助長をねらいとし、オペラント条件付けの原理を背景とする。

(8)行動論的自己コントロール法

 適切な行動を目指す最終目標は、患者自身がいかにして適応行動を自己の統制下に置くかという事である。行動療法においても、行動療法の諸技法や学習の諸原理を組合わせて患者自身でそれを応用しながら自己コントロールする方法が考案されており、これらを指して行動論的自己コントロール法という。具体的には、環境調整、オペラント条件付けを応用して適応行動を自分で強化する自己強化法、自律訓練や系統的脱感作を用いて自ら不安を克服するもの、適応行動への強化や不適応行動への負の強化をイメージ下で行なう潜在条件付け、バイオ・フィードバックが用いられる。

(9)行動論的カウンセリング

 不適応行動が誤学習の結果ないし適応行動の学習の欠如に原因があるとする以上、不適応行動へのカウンセリングも不適応行動の除去と適応行動の学習を援助することになる。この行動論的カウンセリングは、J.D.クロンボルツらによって提唱された。一般にカウンセリングで目標となっているような人格の再統合とか自己実現の達成といった抽象的な目標ではなく、患者の問題ごとに具体的な目標を設定しカウンセリングを進める。例えば、望ましい考え方や発言は激励や承認で強化し、望ましくない態度や反応は積極的関心を示さずに消去していくオペラント条件付けの原理を用いたり、患者の治療目標の参考となるようなモデルについての観察や本を読むことなどのモデリング学習の応用、状況認知の不足や現実認識の歪みの修正が治療目標であれば認知学習の原理を用いるなどである。そして行動論的カウンセリングで重要なことは、治療目標達成のために患者が日常生活で実践すべきことを指導することであり、そのために患者と関係の深い人への指導を行なうこともある。

(10)ソーシャル・スキル・トレーニング social skills training ; SST

 不適応行動の原因を、対人場面で相手に適切かつ効率的に反応するための言語的・非言語的能力である社会的スキルの欠如としてとらえ、不適切な行動を修正し、社会的場面や対人関係で要求される社会的スキルを学習させながら対人行動の障害やつまずきを改善する技法。精神科領域では生活技能訓練と呼ばれることが多い。当初、対人不安や緊張を示す成人や統合失調症やうつ病の対人行動を改善する目的であったSSTは、学業不振、学習障害、精神遅滞や自閉症を抱える人々にまで拡大し、さらに不適応行動へ陥らぬようにより健全な適応行動を児童期から教えるという考え方がL.ミッチェルソンらによって提唱されている。SSTは効果が実証的に確かめられている諸技法を組み合わせて行ない、ステップとして、(1)学習者に社会的スキルの意義と重要性を説明し、(2)習慣とすべきスキルのモデリングを行ない、(3)次に学習者が実践するリハーサル、(4)それに対する強化や修正などのフィードバック、(5)習慣としたスキルを日常生活に一般化するための実際の場での実践が行なわれる。SSTで教えられる社会的スキルは、相手を傷つけないように要求したり断ったりするための主張性スキル、相手との利害対立や葛藤などの問題を克服するための社会問題解決スキル、人との円滑な関係を形成・維持するための友情形成スキルに大別できる。