アイデンティティ identity
エリクソン(1959、63、64)の人格発達理論における、青年期の発達課題と心理社会的危機を示す用語。エリクソンの理論は、次の8段階からなる。(1)乳児期:信頼と不信、(2)幼児前期:自立性と恥・疑惑、(3)幼児後期:自発性と罪悪感、(4)学童期:勤勉性と劣等感、(5)青年期:アイデンティティ達成とアイデンティティ拡散、(6)成人前期:親密性と孤立、(7)成人期:世代性と停滞、(8)老年期:統合性と絶望。これらの段階の危機をうまく乗り越えることが、健全な人格形成につながるとしている。
アイデンティティは、自分自身の独自性と過去との連続性、自分が社会や他者から承認されている受容感、の2側面からなっている。そしてアイデンティティを確立することが、心身や社会的な役割や期待が急激に変化する青年期の課題とされている。この時期に、新たな自己が再統合され、自分なりの価値観や目標などが確立されなければならないとされる。この作業が、心理社会的モラトリアムの期間に行なわれ、青年は様々な環境の中で役割実験を行なうことにより、自己理解を深め、やがては職業や配偶者選択といった社会的決断を行なう。しかし近年の社会的役割を回避する傾向の人々を、小此木啓吾はモラトリアム人間と呼び、現代大衆社会における社会的性格の一つであると述べている。このアイデンティティの確立に失敗すると、自分が何者であるかよくわからない状態になり、アイデンティティ拡散の状態になる。具体的には、自分を見失う、仕事に取り組めなかったり逆に自滅的にのめりこむ、選択や決断ができない、などが挙げられる。またアイデンティティ拡散の状態にあるものは、あまり親密な関係は求めず、形式的な対人関係にとどめる傾向がある。
その後のアイデンティティ研究でマーシア(1966,1980)は、アイデンティティを達成か拡散の2つで見ることは限定的であるとし、危機を経験したかと特定の活動に積極的に傾倒したかの2次元を組み合わせて、4つの類型(同一性達成、早期完了、同一性拡散、モラトリアム)にわけて考えた。同一性達成は、過去に自己の可能性や選択について模索し、それを乗り越えて自分なりの信念に基づいた行動をとるようになっている状態である。早期完了は、過去に模索する機会はなかったが親や社会により認められる価値観を受け入れたタイプである。同一性拡散は、過去の模索経験の結果が明確な信念や行動に結びつかないものであり、モラトリアムは現在模索中で傾倒も明確ではない。これら4タイプを比較すると、一般に達成型やモラトリアム型の心理的成熟度や健康度が高く、同一性拡散型が最も問題とされる。しかしそれは一概に当てはまるわけではなく、達成型が他の型に移行することも少なくはない。また最近では、アイデンティティの形成が、職業、宗教、性役割、政治といった領域ごとに個別に進行することがいわれている。
モラトリアム moratorium
本来は経済学用語で、債務支払いの猶予や期間を意味する。エリクソン(1959)はこれを青年期の特質を示すために用い、青年期を心理社会的モラトリアムとよんだ。現代社会では、青年は身体面で発達を遂げても心理・社会的には未発達で社会人としての役割を十分に果たせない。そのためその能力が十分に発達していない青年に対し、社会的な責任や義務がある程度猶予される。
このモラトリアムの間に、青年は現実の社会に対して一定の距離を保ち、役割実験に取り組む。そして社会生活のために必要な知識や技術を獲得するだけでなく、必要な意識や自覚を身につけてモラトリアムが終結する。このようなモラトリアム状態の青年の心理は、小此木啓吾(1979)によって古典的モラトリアムとよばれており、(1)半人前意識と自立への渇望、(2)真剣で深刻な自己探求、(3)局外者意識と歴史的・時間的展望、(4)禁欲主義とフラストレーションという特徴がある。しかし、若者文化の出現や青年期延長の動向は、青年期の位置づけを変えている。古典的モラトリアムは(1)半人前意識から全能感へ、(2)禁欲から解放へ、(3)修業感覚から遊び感覚へ、(4)同一化から隔たりへ、(5)自己直視から自我分裂へ、(6)自立への渇望から無意欲・しらけへといった変化をもたらし、このような新しいモラトリアム心理をもつモラトリアム人間を生み出したと小此木は指摘している。
心理的離乳 psychological weaning
青年期前期に生じる親からの心理的自立の試み。しばしば親への反抗や葛藤を伴い、一時的に青年との関係や生活全般を不安定にするが、そのことを通じて青年は親との間に最適な心理的距離を見出し、親とは異なる価値観、信念、理想などを確立するに至る。こうした心理的離乳は、多くの場合同じ苦悩を共有する友人との相互依存関係を通じて不安に対処し、徐々に獲得されるものとされる。