来談者中心療法 client-centered therapy
来談者中心療法は、1940年代にC.ロジャーズによって創始された心理療法である。発展に伴い、対象は患者、クライエント、パーソン、社会と変わり、それに伴って名称も非指示的カウンセリング、クライエント中心療法、体験過程療法、エンカウンター・グループ、パーソン・センタード・アプローチと変わってきている。こうした発展の中で一貫している基本的仮説が二つある。一つは、人間は不一致から一致へと進む方向を持っており、有機体が持っている「有機体を維持し強化する方向に全能力を発展させようとする有機体に内在する傾向」である自己実現傾向への信頼である。もう一つは、この実現傾向は、自己一致、無条件の肯定的関心、共感的理解をクライエントが感じることができるという建設的なパーソナリティ変化の必要・十分条件を備えた特殊な人間関係で開放されるという事である。この治療とパーソナリティ変容の理論についてロジャーズは、1957年に「治療によるパーソナリティ変容の必要・十分条件」の論文でさらに述べている。これは、もし(if)ある条件がそろえば、(then)その結果どのような変容がもたらされるかという理論である。その条件とは、
(1)二人の人間が心理的接触を持っていること
クライエントが、治療者は自分に関心を持ち理解しようとしているという雰囲気を感じ取ること、いわば意志の疎通性(ラポール)が存在することを意味する。さらに治療者とクライエントの両者の経験の知覚には差異があり、この差異を自覚しようと思えば自覚できることが大事である。
(2)クライエントの条件・状態(クライエントの不一致状態)
クライエントの状態をロジャーズは、不一致、傷つきやすい、不安である状態といっている。ロジャーズのパーソナリティ理論の中核は、経験と自己構造(自己概念)であるが、不一致とは経験と自己構造の間に矛盾やズレが多い状態をいう。経験は体感的に意識される可能性のある潜在的なもの全てを指し、自己構造は個人の特性や対人関係、価値についてのパターン化された知覚を含み、awarenessに役立ち、流動的に変化する。不一致は、内的にはクライエントの不安や傷つきやすさで、外的には脅威であり、実際の行動では防衛となって現れる。クライエントはこの不一致の状態からより一致の状態を達成しうる人のことをいう。
次の(3)〜(5)はセラピストの条件である。
(3)治療者の一致、真実さ
セラピストの第一条件であり、経験と自己構造が一致し、統合できていること。ロジャーズは後に、真実さ、誠実さ(genuineness)と言い換えている。
(4)無条件の積極的関心の経験
従来、受容と呼ばれていたが、誤解されやすいために変更されている。この条件は、クライエントの経験している全ての側面を相手の一部として温かく受け止めることを意味する。
(5)共感的理解とその伝達
ロジャーズは、このセラピストの第三条件が最も重要であるとしている。セラピストが治療場面でクライエントの経験や感情を正確に敏感に知覚し、その意味を理解する能力のことである。ロジャーズは、共感的であるとは、クライエントの世界をあたかも自分自身のものであるかのように感じ取り、しかもこの「あたかも〜のように、as
if」を失わないことであると述べている。さらにその理解しつつあることをクライエントに伝えることが重要である。そしてその内容は、クライエントに対してセラピストが無条件の積極的な関心と共感的理解を抱いていることであり、言語的・非言語的方法によって知覚されなければならない。
(6)治療関係の一定期間の継続
建設的なパーソナリティ変容が生じるためには、(1)〜(5)一定の時間と回数が積み重ねられることが重要である。
治療過程でのクライエントの変化
ロジャーズは治療過程で生じる変容を1つの連続体ととらえ、概念化しようとした。治療関係で生まれるものは、ある固定の状態から別の固定の状態へ移行していくのではなく、むしろ重要なのは固定の状態から動的な過程へ移行していくことである。ロジャーズはその変容を7段階にわけ、実際の面接記録をもとに過程尺度(process
scale:7段階法)を考案している。また、以下の12の特徴を記述した。
@クライエントは、次第に自分の感情を自由に表現するようになる。Aその感情は非自己よりも固有の自己に関したものが多くなる。B自分の感情や知覚などの経験を正確に知覚し、弁別してくる。C表現する感情は経験と自己構造の不一致に関するものが多くなる。D不一致による脅威を意識的に経験する。E意識していなかったり歪曲していた感情を十分に経験する。F自己概念は歪んでいた経験を同化し再構成される。G自己構造の再構成によって自己概念は次第に経験と一致し、防衛も減少する。H脅威を感じることなく無条件の積極的関心を経験する。I無条件の自己関心を感じるようになる。J自分自身を評価の主体として経験する。K有機体の経験する価値付けの過程に基づいて反応するようになる。
批判として、以下の点が挙げられている。
@対象は比較的自我統合のよい健康な人たちで、自分の人生によりよい充足を求める人に最も適している。A出会いや治療関係の質は必要条件だが、十分条件ではない。技法や専門的訓練を軽視している。B意識的現在的経験を過大視し、歴史的無意識的決定因、環境因、遺伝素因など他の要因を軽視している。C基本的な用語が曖昧で明確な定義を欠いている。体系的な理論化や実証不可能な曖昧な一般化が幅を利かせている。