1月31日 開店休業願
NHKの騒動は本当におもしろい。
お笑いである。何がお笑いって、当事者の新会長があたかも自分とは関係のないことのようにいっているのがお笑いであると思うアゼルです、こんばんは。卑近で論理の飛躍的なことを数行でいえば、例えばホームページの全責任は管理人が負う。家族でも友達でも誰にも代行することはできない(卑近すぎ)。
さて。
開店休業願
理由:花粉症と酔いで目がプルプルしてるから。
わたしは理論派と思われがちですが、結構実力派を目指してはいます。臨床において、実力のない理論は無意味ですし、理論のない実力は幻想ですからおかしな言い方ではありますが。
理由はあるのですが、今日とかニワトリの鳴きまねとか、犬の鳴きまねとか、猫の真似とか、ハトのホロッホーとか、およそ心理屋らしくないことばっかり練習してるわけですよ。うん、いいかえれば、人間らしくないことの練習ですよ。だまっとれ。
ハトと猫と犬は得意ですが(←それもどうだろう)、もうちょっとでできそうなコケコッコーとかを練習してるわけですよ。きゃわいく。プリプリぷりちぃな感じで。こっちは一生懸命なわけですよ。正直、マジなわけですよ。マジでコケコッコーなわけですよ。
別にね、変なことはわかってますよ。アゼルくん変、病気みたい、もとからだけど――みたいなことはいいんです。事実ですから。
ただ、戻ってる≠チていうのはどないやねん。
1月30日 職探し中
吐きすぎでいい感じに腹筋が筋肉痛だったイエスタデイ。
主に横隔膜から下のあたり。もうほんと酒とタバコやめようかと一瞬思ったアゼルです、こんばんは。それも手なんですけどね。ってゆーか、何度もいうようですが、こういう無茶ももうできないだろうなぁ(するな)。 さて。
のっけから愚痴を言いますが、いまの最大最悪の気がかりは職探し。正直言って、厳しい。
こういう状況なのはわかってはいましたが、いざ自分がおかれてみると真剣に困ってしまいます。だってね、ないんですよ。心理職の募集自体が。あっても経験年数3年以上とか臨床心理士の有資格者とかついてると即ダメですし(心理士試験は秋にあるのです)。
努力でカバーできるものはしますけど、こればかりは自分の頑張りがまったく及ばないところです。こういうのが一番つらい。
臨床心理士になりたいとかいう人はほんとやめとけといいたい。ああいや、これはいまわたしが困ってるだけなので、いってることがおかしいことは承知してますが、リアルに鬱々としてしまいます。現実問題として、飯が食えないと生きていけません。
いや、まあいい大人のいうことじゃないですね。生活するだけならアルバイトで十分なのですし。本当に愚痴でしかないことです。でもリアルに・・・・(以下エンドレス)
しばらく胃が痛い日が続きそうですが、若い女性からはげましのメールとかくるとすごい元気出ると思う。出ると思うんだ。うん、きっと出ると思う(しつこい)。
・・・・いつにもましてヒロシ系のオーラが出てます。
1月28日 今日何もしてませんよ
昨日からの記憶がまったくないという。
はっはっは。そりゃあれだけ飲めばね。胃から変な音がしっぱなしのアゼルです、こんばんは。今日一日は誰からも廃人といわれてさしつかえありません。
さて。
正直、昨日は深酒が過ぎました。いやー、吐いた吐いた。目を覚ましてからエンドレスでビャービャー吐いてましたけど、あまりに胃がおかしかったせいか、何か変な泡立ちでクリーミーさとかあったし(←水しか飲んでない)。
今日やった社会的なことといえば、銀行に行って自分ちの家賃を振り込んだだけです。しかも寝間着の上からジーンズを履いて、寝間着の上からコートを羽織っただけの、一歩間違えば病気スタイル。こういうことはもう二度とできないだろうなぁと、大人として明らかに間違った方向の感慨を抱いてました。できないというよりやるなという話だ。
で、当然といえばそうなのですが、夜中になっても一向に眠くなる気配がないわけです。うん、これだけ意識がなければ当然だよね(危険)。
まあ今日くらいはというか、自分お疲れみたいなことがあってもいいじゃないですか。これで明日から切りかえるわけですよ。自分へのご褒美ですよ。あ、ご褒美というならば、目の覚めるような裸の女性が写メールくれると完璧だと思います。
ええ、シラフでいってます。
1月25日 臨床心理士について
女の子の名前辞書計画というサイトを見ました。
個人的に気に入ったのは「穴痕打(あなこんだ)」。ありえないからそれ。前好きだった子の名前とか普通に探したりしたアゼルです、こんばんは。冷静に考えたら結構キモイことをしてることにはすぐ気づきましたので。_| ̄|○
さて。
いつもだいたいふざけてますので、今日はちょっとマジメな話をしたいと思います。臨床心理士についてです。
実は今日知ったのですが、臨床心理士の資格認証を取得していないにもかかわらず、個人や団体が日本臨床心理士資格認定協会の承認を得ずに任意に「認定臨床心理士」または「臨床心理士」の呼称や広告を行うことは認められないことが公告されたそうです。特許庁登録793444号:平成16年8月6日、登録4808560号:平成16年10月8日。
いわゆる「臨床心理士」に関する呼称権の登録認証ってやつなんですけども、これがまた喜んでいいのか悪いのかわからない。
そもそも臨床心理士は国家資格ではないですから、民間団体の認定資格に過ぎないといえます。いままでは別に資格認定協会の審査を受けない人が名乗っても法的にまったく問題はありませんでしたし、臨床心理士の認知度は心理屋が言うほど高くないとすらいえました。むしろカウンセラーっていう方が通りはいいでしょう。
このカウンセラーっていうのもまた厄介な名称というか、臨床心理士資格認定協会とは別に、日本カウンセリング学会が「認定カウンセラー」なんてものを出します。専門学校とかにもカウンセラー養成講座みたいなものもありますし、海のものとも山のものともわからないのにぞろぞろ名前がついて本当に大丈夫なのか。心理関係の認定資格って、思いつくだけでも10個以上ありますよ。
そもそも心理屋は、「何をもって治ったか、治療かということは難しい」なんてことを平気でいいますので、治療効果が上がったか上がらないかすらわからないものに金を払う人の身にもなってくれとちょっといいたくもなるでしょう。
ここまでいうといいすぎかもしれませんが、いったい何人の人間が臨床心理士が国家資格化されると本気で信じているのかはよくわかりません。
まあこういうと臨床心理士ダメじゃん、国家資格にしても意味ないじゃんとかみたいなことを考えてしまいがちですが、やはりちゃんとした意味はあります。雇用状況も改善されると思いますので、心理療法を受けることのできる機会が圧倒的に増えます。費用もそれほどかからなくなるでしょう。これにはいい面と悪い面がありますが。
費用の面でさらにいえば、民間のオフィスでやっているものは高額で、だいたい5000円から20000円が相場です。一回で。同じカウンセリングのオフィスでも、人によって請求額が違うというわけのわからないところがありますから(病気や検査によってではありません。人、つまり収入によってです)、そういうはっちゃけ診療が減るのも利用者にとっては安心でしょうね。
わたしは心理屋のくせに心理屋がそんなに好きではないという不思議なことをいってしまう人間ですから、この見方は偏ったものだと思います。心理屋にもいろんな人がいますし、生活できないとリアルに生きていけませんから、きれいごとは抜きにしてどんな形でも国家資格化されれば安心です。
ただやっぱり、人間的に_| ̄|○な人がなりたがる職業ではありますよ。
で、たまに_ト ̄|○なのもいると。
1月24日 宮沢賢治
昨日モスバーガーが食べたいだの何だのといいましたが。
今日調べてみたらロースカツバーガーは320円だったし、つくねライスバーガーはもうメニューからなかったし。地味にショックを受けたアゼルです、こんばんは。世の中の流れって速いですね。そういえばわたしがモスバーガーに行ったのって、大学卒業以来だから3年前じゃん。_| ̄|○
さて。
CSIUを見てから映画を見て、それから学校に行ったらもう4時。そんなやる気のない一日を送ったかと思えば、二日に一回徹夜仕事したりするズレたことをしたりもするのですが、そろそろ生活を元に戻そうという努力をしなければならない。ような気がする。
なんてことを思ったのですが、思った矢先にモスバーガーのホームページを調べてから三島由紀夫のロールシャッハテストを調べてみた後に、唐突に妙に気になりはじめた宮沢賢治の雨ニモマケズ≠フ全文を調べました(←まったく元に戻りません)。
で、こんなカンジでした。
雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテヰル 一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ アラユルコトヲジブンヲカンジョウニ入レズニ ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ 野原ノ松ノ林ノ蔭ノ小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ 東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ 南ニ死ニソウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイゝトイヒ 北ニケンクワヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ ヒドリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ 南無無邊行菩薩 南無上行菩薩 南無多寳如来 南無妙法蓮華経 |
・・・・
・・・・
・・・・この人病んでますよ?
宮沢賢治はごっついシスコンだったことは知ってましたが、ここまでブッチギリで共依存な文章をみせつけられると、
またぼくたち二人っきりになったね、カンパネルラ・・・・
気持ち悪いんだよおまえ・・・・
とかいわれなかったのか心配になってきます。「しゃぶしゃぶって言葉の響きって、何かゾクゾクするよね」とかいってるわたしがマトモに見えるから不思議というものです。はいそこ、そんな目で人をみない。先生、変な液体出しちゃうぞ。
まあわたしもあまり人のことはいえないというか、心理の仕事を目指すからにはそれなりにアレなわけで、アゼルくんは生活力がないなんて普通にいわれてますので、別に頑強さは要りませんけど精神的なタフさみたいなのは欲しいかなぁと思うのです。シモは頑強です(サイテー)。
例えば橋本元首相ですよ。個人的には同郷の亀井静香とか好きなんですけど、ハッシー(友達風味)はすごいと思う。雨ニモマケズ風ニモマケズ、一億もらってサラリと忘れる、そんな人間に、わたしはなりたい。か?
・・・・ただ、あのポマードは無理なんだ。
1月23日 自分へのご褒美をしよう
今日の映画は韓国映画の、友へ(チング)でしたけど。
なにこれ?日記か?ザザンボ級と思われたアゼルです、こんばんは。チングです、チングです、チングです・・・・あーわかったわかった。で?
さて。
修論を提出してしまったので、あと大学院でやらなければならないことはほぼ終わったので、臨床の引き継ぎをしたり、好き勝手に勉強したり、本を読んだり、SVを探したり、就職活動をしたりしているわけですけれども。
そういえば、わたしは卒業が決まったらやろうと思ってたことがあったわけですが、それをまだしてない。いうなれば、贅沢です。
今ほしいものといえば、新しいパソコンとバイクと原付なのですが、これをいま買ったらくぅーちゃんが雪達磨式に増殖していくので多くは求めません。緑色の変な粘液でできた借金部屋はいらんと思う。
そんなリアルにほしいものじゃなくてですね、別に必要でもなんでもないもの、吉野屋で牛丼の特盛を二杯食うってのと、モスバーガーの匠味とバーベキューフォカッチャを食べたいと常々思っていたんですよ。最近はハバネロフォカッチャが出てますから、大変じゃないですか。
あ、なんですかその目は。もしかしてぼくを下に見てるんですか?わたしは一食100円のワンコイン生活してるわけですから、モスバーガーで食事したらいつもの5倍払うことになるんですよ?普段の食事の5倍の豪華なお食事ですよ?これが贅沢じゃないと誰がいいきれるんですか?
ぶっちゃけ、一回の食事代が500円を越えると罪悪感を感じるわけですよ。例えば、わたしがモスバーガーで何か頼むとしたら、ロースカツバーガー(300円)かつくねライスバーガー(300円)と、ポテトのSですよ。これで500円でおつりがくるんです。ドリンク?水があるだろうが。
そんなわたしが500円の壁を越えるというのは、大変なことなわけです。
それぐらいおごってやるという人もいますが、それでは意味がない。これに限って言えば、わたしは納得してから食事がしたいのです。達成感というか、自分へのご褒美的なものですよ。いろいろあったけど、二年間よくがんばった。おまえ自分で立てた目標をちゃんと越えてるよみたいな。
・・・・昔からちっちゃい人間でした。
1月22日 マイケルではないので
自分の未熟さも知り、やっていることの方向性が間違っていないことも確信し。
さてこれから自分は何をしていこうかと考える。そんな一日だったアゼルです、こんばんは。勉強すればわからないことに説明がついて安心するけれど、後ろ向きに前に進もうとするのは基本的に間違っている。いつか、足りない情緒を知識で補う必要がなくなればいいなと思ったりもします。
さて。
科学的に言って、人間の感覚には視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚の5感の他、第6感の自己受容感覚があります。ちなみに、自己受容感覚は、人間の外界から接している点から流れてくる無意識的な力の流れのことであって、意識されるものではないことから5感の中に入らないわけです。わたしゃ科学的に言っていって≠ニ前置きしましたよ?超能力は第6感じゃありません。あ、別に別に第6感の話がしたいわけじゃないんで。
ってゆーかですね、普段原付に乗っているのですが、近所のGSにもろ好みの女性がバイトしてるんですよ。見た目とか声の調子とかもいいのですが、おつりを渡される時に手があったかいとフォーリンラブですよね(←病気)。
特にね、わたしは聴覚と触覚で恋をする動物ですから(←本当に動物レベル)、こういう要素って非常に重要です。逆に冷え性っていうのもいいですね。ええ。別の楽しさがあります。ええ。ええ!
ですから、もう脳内では大変なことになってますよ。具体的に言えば、このあったかい指にしごかれたいなと。どんな声でイクのかなと。フフ。脳内ではすでに奴隷です。俺が。
だから毎週決まった曜日と時間に給油に行くのですが、今日行ったらシフト変わってるのか辞めたのかでその人いなくてですね、もろショボーンですよ。そのGSにいく理由が半減しましたよ(GSは給油するところであって妄想を給油するところではないという意見は無視)。
いやまあそれはともかくとしてですね、普通に恋人はできんのかといわれると、「普通の人間が心理屋なんかになるか」といいたいのですが、もともとわたしは同年代の女性は苦手にしてるところがあります。当然、歯牙にかけられません。
前も言いましたが、そんなアゼルりんでもなぜか老婆と幼女にはモテモテで、特にお年寄りに限ってはヨン様すら敵ではない熟女キラー状態。人のよると思いますが、子どもにも相性がよくて、「アゼルさんはー」とか「アゼル先生よんでー」とかいわれるみたいです。それはわりと嬉しいんですけどね。
ただ周囲の大人は、ぼくをマイケル・ジャクソンとよぶのは心の底からやめてほしいと思う(違うから)。
1月21日 重きものは軽く、軽きものは重く
冷静に考えると1月も末だ。
元旦に立てた目標の就職活動をしなければなりません。ただでさえ一度ひどい失敗をしているので微妙に鬱になってくるアゼルです、こんばんは。新卒の心理屋の就職活動はこれからがシーズン。しかし、あの時よりも自分は変わったとはいえ、この十字架は重い。
さて。
以前、臨床心理屋はみだりに服装を変えたりしない、アクセサリーをつけないなどの一種のドレスコードがあることは書いたと思うのですが。
ここ数日、妙に時間に追われていた上に深酒がすぎたせいか(←主原因は後者)、鏡を見てみると、そこにはまるで何年も闘病生活を送ってすっかりやつれた人みたいな、目が三段になっている男性がいてですね、
「誰?この人は誰?知らない人がアタシの家にいるわ!」
みたいなテンションです。軽井沢のサナトリウムにいる綺麗目のやつれた男性を想像して下さい。土下座気味でお願いします。
わりと気づくことですが、心理屋はわりと目の周りにクマ作ってたりします。
一生懸命やってる人ほど、まあちょっと強迫傾向のある人ほどそうだと思うのですが、やっぱ心理屋は他人にわかるほど一生懸命じゃダメですよ。少なくとも、人に余裕のなさを見せてはいけない。わたくし達は、そういう仕事をしているのだから。
一生懸命で真剣なのと、余裕のないことは違うと思うのです。茶道の先生に聞いたのですが、千利休は道具の扱いについて「重きものは軽く、軽きものは重くみせなさい」といったそうです。バランスが大事なのだと思いますが、余裕のない時こそ、過剰にいっぱいいっぱいな雰囲気を見せないようにしたいものです。
ただ学校で5時間もインターネットしてる余裕は逆効果だとは思いますが(←廃人です)。
1月20日 もの作り
卒業だけど謝恩会とかどうする?みたいな話もそろそろ出てくる時期になってます。
アゼルくんは何か芸をできる?と聞かれ、「ひろし的なやつになりますけど」と返答すると、「あー」とリアルなため息をつかれたアゼルです、こんばんは。なぜそんなにテンション下げるのか。友達が少ないとです・・・・誰かメルアド教えて下さいみたいな。_| ̄|○
さて。
最近、紙粘土を使った工作にはまってます。
ああいや、けっして上手なわけではなく、むしろあなたはいったい何を意図して作ってるんですかといわれてしまうくらいの謎のクリーチャーを製造してしまうのですが、何か作るというのはおもしろいものです。
箱庭療法学会というのがあって、そこでは毎年のように自分で作った箱庭人形を持ってきてセラピスト同士交換しているという、一般社会から見たら決して容易に理解できる範疇とはいえない光景が繰り広げられてますが、もの作り自体は楽しい作業ではあります。上手ならなお楽しいのでしょうが。(´・ω・`)
そんなわたくしの初期の作品。
1. ハニワ二体
2. ニョロニョロ(ムーミン)
丸めて伸ばしただけである(←たったこれだけに二時間かかった)。
1月17日 理論と実践は協力してこそ意味があると思います
J.D.パワーの調査によれば、ブロードバンドISPの顧客満足度ナンバーワンは、加入後半年未満のユーザー間では@niftyとSo-netが同率で、加入後半年以上のユーザー間ではぷららがそれぞれ獲得した。 |
ということでわたしもホリエモンからプロバイダーを変えるときにはぷららにしようかと洗脳(いまはlivedoorの無料プランを使っている)。安直を絵に描いたような感じのアゼルです、こんばんは。本当のところ、どのあたりがいいんでしょうか。あ、ちなみにマイラインはNTTなんですけど。
さて。
塾の講師をバイトでやっている人がいたので、ためしにセンター試験の問題を見せてもらいました。
・・・・あらかた解ける。国語と日本史に限っては。英語は読めはしましたが文法がサッパリでした。数学は相変わらずわからない。現役の頃から200点中80点切ってたしな!アッハッハ!(←ひどすぎます)
まあ正直言って、指導要綱改定で問題が簡単になってるんじゃないかなと思います。わたしが受験生だった頃なんて何度もいうようですが7年前なわけですから、わたしがセクシーかつギャラクシー天才(←脳が悪そう)であることを割り引いたとしても、国語が9割取れるのおかしいだろと。
かといって、現役受験生のみなさんは敗北感に浸ることはまったくありません。それはあまりにもわたしが天才だったゆえに起きた悲劇であって、悪いのはわたし。美しい上に知にも恵まれたこの罪なアタクシに責任がありましてよオーホホホ。あ、数学は200点中60点くらいでした(←知識の衰えの関係ない国語と社会しか取れてない)。
でもですね、高校までの学校で教える勉強って、いまの社会を支えている様々な高度で最先端の科学的研究の基盤になっているものなんです。数学はもちろん、社会や国語だって、文化的・人類学的な知見としてそうだと思いますよ。小数点とか数字のゼロの世界とかって、つきつめて考えたら極めて不可思議でエレガントな学問だと思いませんか?
一昨日も日記で書きましたが、知的好奇心をすごくくすぐる世界なのに、それが理解できないレベルで丸投げされてるからおもしろくもなんともないと思います。わたしがまがりなりにも専門だといえる領域といえば心理学しかありませんけれど、心とか身体の仕組みって、すごく不思議なんですよ。
例えば、人間がなぜ呼吸できるのかとか、なぜ呼吸しないと死んでしまうのか、酸素と水から生物が進化してきたかとか、電気信号の仕組みで脳が働いてるとか。パソコンは0と1の仕組みで命題的に記述しているのにどうしてプログラム言語みたいなものができてるのか。記憶って何とか。コトバって何なのか。
わからない。でもなんかおもしろい。だから知りたい。
ゆとり教育の本質って、勉強と余暇を区別することじゃなくて、学ぶことがこんなに楽しいっていう体験を共有することだと思うのです。臨床はそもそも個別的な体験を重視しますから、教育現場のある一定の知識をあまねく教えていく方法論と矛盾するように見えますが、何のための教育かという根本的な部分と目的的な部分は同じだとわたしは思います。
もちろん教育の現場をわたしは知りませんから、それは理想論なんだと叱られるかもしれません。だからこそ、現場の先生はどうやってるんでしょうか。いや、すごい無責任というか乱暴な投げ方なんですが、わたしも現場の人間ですので他職の人がどう考えるのかはすごく知りたいところです。
理論と実践は、協力して始めて意味のあるものだと思います。
だから以前テキストでアナルの攻め方を書きましたが実践してこそ意味あるわけです(←そっち!?)。
1月16日 洗濯できず
やっぱ島田紳助おもしろいと思った。
しかしわりと不自然に笑いに持っていくような感じは、テレビの前からでも見て取れる。いつもは映画を見てますけども、今日は行列のできる法律相談所をみたアゼルです、こんばんは。弁護士軍団も若干テンションおかしめでおもしろかったです。CMでオイラはボイラーとかまた流れはじめましたね。
さて。
平日は何かと忙しくしているので、洗濯は週末にまとめてすることにしているのですが、今週末は雨が降った関係で洗濯ができず。夜半にかけてようやく雨が上がったので洗濯機が回ってるのですが、明日の朝までに乾かなければパンツすらない状態。
そういう時のためというわけではないのですが、一応予備的な下着があるわけではあるのですが、もう擦り切れがあってぶっちゃけていえばちょうどアナルの部分に親指大の穴が空いてたりするセクシーっぷり。もうね、濡れちゃいますね。一種のプレイですよこれは。
ということで、明日のおぱんてぃはどこぞのエログッズみたいなことになってるとは思いますが(←乾いたら普通の履きます)、そもそもむしろフンドシの方がマシだとすら思えてしまいますが、パックリセクシーラインが開いてるセクシートランクスを履いてそうな学生(ただし26歳)がいたらそれぼくですから、気軽に声をかけていただけるといいと思います。
ええ、本当に声をかけたらその後警察に行った方がいいとは思いますが。
なぜそんな下着が残っているかは自分でも説明つかないので聞かないでいただけるとよいと思います。
1月15日 センター試験の日でした
大仏をデカブツと読めることに気づくもありがたさ半減。
そんなバチアタリなことを考えた土曜日のうららかな午後、みなさんいかがおすごしでしょうか。寒くて一日の大半を布団で過ごしたアゼルです、こんばんは。ええ、一人で。
さて。
ものすごく寒くて雨やら雪やらも降っていたので、昨日の発言を撤回の上、いまこの場で訂正させていただきます。
手袋返せこのクソガキが全殺すぞ。
さすがに自分に被害が大きいと、ちっちゃな行為も見過ごせるものではありません。いくらわたしの心の広さが太平洋級の面積だったとしても、この件に関しては微生物すら休眠しかねない砂漠地帯になることをモリモリと感じるわけです。以上。
と、まあこれ以上いうのも聞き苦しいことですし、今日はセンター試験だったことに注目したいと思います。
ってゆーか、センター試験を受けたのが7年とか8年前とかいう事実もありますが(←浪人したので二回受けてます)、そもそも数学と理科は最初から捨ててかかっていたとか、E判定くらったのに中京大のセンター出願受かったとか(一般推薦・一般入試でトータル5回受け全滅)、そのくせ行かなかったとかいう思い出に満ちた受験生時代。
何度もネタにしてますけども、数学偏差値29とか、物理のテストで0点取ったとかのネガティブな二冠に輝いてましたし、国語と社会にははまりくさったわけです。生物の授業も嫌いでしたが、皮肉にも脳の損傷がどうのこうのいってたりもするわけです。
いま話題の米村でんじろう先生が、「おもしろくなきゃ科学じゃない」といってますけども、わたしはその意見に大賛成でして、おもしろくない勉強は勉強じゃないとちょっと思います。知的好奇心ってやつですよ。その点子どもの反応はクリアーで、おもしろくないから勉強しないわけですし、余計にわからなくてますます勉強がおもしろくなくなるわけです。
子どもに「勉強って何のためにするの?」と聞かれて、答に詰まるようでは困ります。動機には内発的動機と外発的動機がありますが、自分でも説明できないものを当の本人からやれといわれて、自分からやるわけがありません。わたしは臨床心理学の立場に立ってますけれども、「この面接を続けてわたしはよくなるの?」と患者に聞かれて、答に詰まるようでは信頼関係を損ねるのと同じことです(転移を考えるのとは別問題です)。
いやほんと、年寄りくさい説教話みたいとは思いますけれども、勉強は大学に行く手段じゃなくて、勉強することの楽しさがわかるといいですね。こんなあたり前のことしかいわなくて俺は大丈夫なのか?
ちなみに、わたしはセンター試験で女子生徒としゃべってばかりでした(やる気十分でした)。
1月14日 やれやれと
医師がHPで患者中傷「頭悪い、二度と来るな」
・・・・口に気をつけて生きていこう。守秘義務にはくれぐれも気をつけますので、シモネタは大目にみていただくよう土下座してお願い申し上げてみたりするアゼルです、こんばんはご主人様(←丁寧語?)。わたくしはクソでございます(←謙譲語)。心理屋がシモネタを書いているとかで通報されたりしたら、何の前触れもなく閉鎖しますので。
さて。
手袋を盗まれました。
わたしは原付に乗って大学に行ってるわけですけど、それ用の手袋を原付のタンクの中に入れてるわけです。で、タンクの鍵がよく閉まらないのでそのまま開くのですが、そこから盗っていったみたいで。
そりゃ自分のものが盗られたとなれば普通に腹も立ちますが、それよりもわざわざ座席を開けないとわからないわけで、そこまであさましい人がいるかと思うととても空しい気持ちになります。いまの日本の大学生で、人のものを盗らないと生活できないような人がいるわけでもなし、まったく悲しい気持ちです。
遊ぶ金欲しさとかちょっとしたでき心とかって話をよく聞きますけど、本当に何の罪悪感もないと思うのです。物理的な貧しさがあるのではなくて、心の方に貧しさがあることが本当に情けない。他人のものなのにとても可哀想な感じがしてなりません。
わたしは基本的にないものは仕方がないという発想をするので、こんなことがあるのかとびっくりしてしまいました。HPの話とかもそうなんですけど、自分が何をしてるのかわからないっていうのは、見ている人を悲しい気持ちにさせます。それって、以前のわたしを見ているかのようなのでもあるのですが。
なんだかすごく空しい気持ちになりました。
1月13日 安全運転を心がけましょう
今日の映画は、深作欣二監督「忠臣蔵外伝四谷怪談」でした。
映画そのものはつまらなかったが、そんなことより高岡早紀の胸にくぎづけだといいたい。声を大にしていいたい。些細なことで微妙にテンション上がったりするアゼルです、こんばんは。差し替えでしょとかいう冷静な声はこの際無視。
さて。
先日、免許の更新にいってきました。
三文芝居で失笑ものの変なビデオとか見せられましたが、題名はブルーで、「ママ、帰ってこないの」。
交差点をあり得ないドリフトをしながら曲がってくる車(酒気帯び)、チャリごとはねられるママ――一瞬だけ出てきたMRIがリアルに間脳出血だったのは愛嬌だと思います。前回の更新時にビデオは、ドライバーのその後の転落人生の物語でしたが、今回はヒューマンドラマでした。
まあ心理屋としてつけくわえれば、交通事故後の心理的影響の持続性を、永久被害といったりします。ビデオでは家族の心理被害を主に扱ってましたが、被害者側の高次脳機能障害も深刻です。
交通外傷では、外力による損傷の他、び漫性軸索損傷という状態が出現します。脳は神経細胞でできていますが、軸索という線維でつながれています。この軸索がぶっちぎれるわけです。パソコンでいえば、マザーボードもCPUもメインメモリーもハードディスクもすべて無事、だけどつないでる回路が切れていると考えて下さい。
この状態ですと、意識障害が高確率で遷延したりする他、注意障害と行動障害がでます。具体的に言えば、些細なことでブチキレたり、仕事が続かなくなったり、すぐどこかにいって迷子になってしまったり、集中力がなくなったりするわけです。尋常じゃないレベルで。
ほぼあらゆる生活上の面で影響が出てきます。身体障害が出現しないこともしばしばで、外見上何の問題もないように見えたりするので、手帳の交付が受けられないことも多いといえます。現在の福祉政策は、手帳の交付がされている人に多くの福祉上の施策が行われるので、はざまの障害なんていわれてるわけです。
専門でやってる分プルプルです。くれぐれも安全運転に心がけよう。まずは一杯飲んで一服しよう(←脳血管障害の危険因子)。
・・・・とまあ、明日は我が身なわけです。確率的にいえば極小とはいえ、明日あたり脳の血管が絶対にぶっちぎれないとは絶対にいいきれませんし、眠ってる間にアパートにトラックがダイブしてくるかもしれませんし、東海地震で原発がイヤな音をたるかもしれないし、朝起きたらワカパイが横で寝息をたてていないとも限らないわけです。
それを心配しないで日々の生活を送れるのは、精神分析的にいえば、健常な否認が働いているからなわけですね。
重ねて言えば、朝起きたら小沢真珠がブタといってrハイないです。
1月12日 報告
今日はゆっくり寝たいと思います。
そして明日は日の昇らぬうちに家を出ます。この世で自分で努力すればできるのに嫌いなものが二つあります。早起きと掃除です。物理的にダメなところがあるアゼルです、こんばんは。後ろ指刺されるとめんどいのヒトコトで済ましております(←それがダメ)。
さて。
はい、今日のアゼルりんてば報告がありまーす。
修士論文、提出しましたハイおめでとー!
もうですね、正直、今日とかもう何のやる気もないと。何か文句があるのかと。誰ですか?もう一年とかもおもしろいよねとかいってる人は。月の明るい夜ばかりじゃないんですよ?(ギラギラと血走った目で)
まあこれが口頭審問で通らなかったら素で留年ですが、そういうおもしろさ求めてないですし、残された取り柄といえば頭蓋骨に鎮座するぷにぷにの怪白質だけですから(←字が違う)、なーんだこいつやっぱ口だけかーという世間の目にとても耐えられそうになく。
経済上の理由とか自分のプライドとか(ネット上の)世間の目とかいろんな理由が複雑に絡み合いつつ、いまはホッとしているわけです。早漏なのに修論だすの遅いよねとか、仮性包茎は人間的に一皮むけるの遅いよねみたいなブッコミも求めてないわけです(←当方、いつもより三倍増し錯乱しております)。
もういろんなところが壊れつつあるわたくしに、「繊細なアゼルタソを癒せるのはアタシしかいないわ」と若い独身女性がドッカンな状態になっていることは想像に難くないわけです(素無視されるのも想像に難くありませんが)。
ってゆーか、ほぼ毎日のように人間的に終わった日記を書いていても、やることはきっちりやっているアゼルりんが好き、そんなあなたが大チュキ、ぶっちゃけ、捧げたい、的なメールでアタイのメールボックスがパンク寸前になることも想像に難くないわけです。わっはっは。苦しゅうない。苦しゅうないぞよ。そんな妄想を素無視されるのも想像に難くないですが(二度目)。
今日はダストメールに混じって平田メールが二通きてました。
1月10日 成人式
今日は成人の日でした。
1986年生まれっていうことがかなりのプレッシャーだ。成人式なんて6年前だったアゼルです、こんばんは。わたしが成人した時には、変なCDが配られました(速攻捨てた)。ってゆーか、ぽっくん中1の時、小学校1年生だったってこと?_| ̄|○
さて。
今日は成人式でした。
成人式っていうのは、昔は侍の元服の儀式みたいなものです。今日も沖縄で騒いでいた子たちがいましたが、年齢一律なものではそもそもありませんし、祭で騒ぐのも仕方ないことかなぁとか思いました。まぁ、他害の恐れがあれば普通に逮捕ですが。
芸能人でいえば、テレビでは山田優と若槻千夏の成人式の衣裳が出てましたが、昔はヤンキーの着こなしとかいわれたものです。しかし、大事なのは、時代によって違う着こなしとか外面じゃなくて、振る舞いです。これからはっちゃけたらそりゃダメですし。
大人という定義はなかなか難しいものです。辞書(国語大辞典. 小学館. 1988)で調べてみたら、三つほど定義がありました。
1 幼い者が成長すること。おいたっていくこと。成長。また、成長した子ども。
2 おとなになること。成年に達すること。また、その人。おとな。現在、わが国では、満二〇歳以上の者をいう。
3 知徳がそなわり人格がすぐれた人。思慮分別をわきまえた人。
20歳というのは、行政上の定義です。騒ぎを起こす若者を大人≠ニしてどーのこーのいうのは簡単ですが、そういう大人≠ェ果たして彼らとどれほど違うか、そういう問題があるのはまあ自明の理といえるでしょう。
自立という点から大人を定義することもありますが、この自立もまた難しくて、経済的な自立をいうのか、精神的な自立をいうのかという問題があります。自分自身で生活していて、親にも恋人にも依存していない、フリーターみたいな人は大人というのか。あるいは自分ではタンスのどこに靴下が仕舞ってあるのかわからない職業人を大人というのか。
また、果して大人という評価は自分自身で下すものなのか、社会的に下されるものなのか、社会と自分の相互作用によって決定される概念なのか、それすらも曖昧です。
そういう極端な例を出すのもどうかとは思いますが、一言では片づけられないような機能的な矛盾を大人≠ニいう概念ははらんでいます。わたしにしたところで、大人といってもらえるかどうかなんてあやしいものです。
何度かHPでも書いたと思うのですが、わたしは大人どうのこうのよりも、「なりたい自分になった時、自分を素敵な大人になったと思う」と考えます。これに自分自身の内閉的な論理が含まれていることは否定できませんし、結局は大人という概念を他者と共有することをある意味で恣意的に放棄してますが、逆にみなさんの大人という概念を大事にしたいとも思います。
大人になったっていうカンジって大切だと思うのです。これはわたしの克服しきれていない問題ですが、基本的にわたしは人間が不幸になることを容認できません。自分を否定したり、badな自分と思う人を黙ってみていられない。この構えは、実は心理屋には向いてないんじゃないかと思うところでもあります。
でも大事なことは、そこからどんどん素敵な自分になっていくことだと思うのです。
ちなみに、初めて夢精した時に自分が大人になったなぁと感じました(←人間的にダメなオチ)。
1月9日 眠気を感じる前に目眩がする
みんながんばれ。いのちだいじに。ガンガンいこうぜ。
ドラクエの命令はどこか主体性がない。PS2をプレステ2と略すのは、もしかしてファイナルファンタジーをファイファンと略すくらいアグレッシブなことかもしれないとふと思ったアゼルです、こんばんは。めいれいさせろにいたってはどこか悲しみすら覚える。淋しいんだね、と。
さて。
いま日記を書いているのが、10日の午前4時半だという事実には目をつぶっていたいと思う今日この頃、みなさんいかがお過ごしでしょうか(←普通は寝てます)。
自分自身の生活スタイルがどこか変だということは重々自覚してますが、新聞配達の原付の音が聞こえると妙に凹むというか、一切のやる気が消失して寝る気満々になってしまいます。眠気ではありません。寝る気です。なんだかですね、妙な罪悪感が出てくるんですよ。自分が何か恥ずかしいことをしているかのような(いまさらってカンジですが)。
そんな内臓的な感触の何か特殊なクリーチャーが口から生まれでてきそうな印象を自分にもってしまいますが(当方コタール症候群ではありません)、ついうっかり、脳内の小人さんが「洗濯しとく?」とか語りかけてきたので洗濯機を回しております。うん、これ日記じゃなくて現在進行形でやってることだ。
なんだかですね、最近の院の雰囲気は本当に何か空気が澱んでいるというか、寝ることに対して罪悪感すら覚えてしまうほどテンパッてます。それぞれの病理が出ているというか、強迫もいれば、躁な人もいれば、やたらと攻撃性が高まって裏の顔を出す人も。
わたしは普段からディプレッシブなヒキコモリ系ですのであまり変わらないのですが(自慢できたことではない)、人の影響を受けやすいので用もなくウロウロしてみたり、夜更かししてみたりするわけです。ぶっちゃけ、ウザイ人間です。誰ですか?そんなこと知ってるとかいってる人は。口から怪光線出しますよ(無理です)。
・・・・ところでさっきから目眩がしてるので寝ていいですか?(←リアルにいのちだいじに)
1月8日 これだけはいいたい
ここ最近寒い日が続きますね。
寒いだけでは風邪はひきませんが(←いい見本がここに)、キーボードを打ちにくくなるのが困ります。暖房のない部屋からこんばんは、アゼルです。東京より北にいったら死ぬな。確実に。
さて。
わたしは具体的で実際的なことが好きなので、できる限り日記は日常的なことをネタにしようと思っています。心理学はまあハナクソオマケみたいなもので。
それと、別に温厚な方ではないのですが、批判がましいことは読むのも書くのも好きではないのであまり書かないようにしているのですけれども、今日は言わせてもらいます。いやもうほんと、ありえない。
もう怒ったゾ!プンプン☆(さとう珠緒風に)
いやね、ほんと、いっちゃいますけどね。
(´・ω・`) うんこ出したら流していってください。
トイレに入ってお出迎えとかいらないですから。そういうの求めてませんから。飲んだら乗るな!乗るなら飲むな!それと同じ。出したら流す!これ常識。アンダスタン?
プリプリ出ているものにプリプリ怒っちゃいましたよ。うまい!(そうでもない)
1月7日 七草
去年の年越しの日記を見てみると、見事に今年と同じことをやり、同じ事を言っている事実に驚愕。
日記の内容は最近の方が明るくなってますけども。まあちょっとは自分も変わってきてるのかなぁと思ったりするアゼルです、こんばんは。どことなくいい傾向(ただし有意差はなさそう)。
さて。
昨日も言いましたけど、みなさん、七草粥食べましたか?
もうね、わたしはポップでライトなプシコのピクミンですから(←最悪な横文字)、とりあえず食べました。カラダの健康よりココロの健康の方をなんとかしろという声は届きません。ああ届きませんとも。
第一、豪華なお正月料理に疲れた胃を休めるという意味もあるそうなのですが、疲れるほど食べてないですし。むしろ疲れてるのは圧倒的に肝臓ですし。アタイの肝ちゃんは無口なところがこれまたイケてる沈黙の臓器ですし。かわゆくいってみた。
それはともかく、七草って見れば見るほど雑草に近いというか、そもそもこれ雑草じゃないのでしょうか。こういうものしか食べられないほど困窮してたら、そりゃ無病息災でもオマケでついてこないとやってられない感じがしてしまいます。あれ?なんだろうこのカワイソウな雰囲気は。
そんなわたくしですから、来年はちゃんとおせちとか食べてやる、のし上がってやる、などとちっちゃく決意を新たにしたわけです。はだしのゲン的なイメージです。おどれー、麦は踏まれれば踏まれるほど強くなるんじゃー(その前に枯れそうですが)。
来年はちゃんと暖房のある部屋で越冬するんじゃー。(。´д⊂)
1月6日 髭剃り
明日は七草粥の日です(正式にそういうかは知らないけど)。
なんかテンション上がりますね。いつも噛み噛みのくせに、せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろだけは噛まずにいえるアゼルです、こんばんは。個人的には、寿下無とかスリジャヤワルダナプラコッテ(スリランカの首都)とかと同列。
さて。
忙しい忙しいといって本当に更新ストップしてしまうと、それこそサイトとして終わってしまうので更新したりするわけです。そして人生が終わっていくわけです(本末転倒です)。
実は、心理屋さんというのはアクセサリーとつけたりとか自分の雰囲気を変えてはいけないというドレスコードみたいなものがあるのですが、年末から正月にかけてはケースに接しませんので、ここぞとばかりに髭を剃らないでいたりしました。
今日からはそうもいかないのでジョリジョリと剃毛プレイしていったわけです。
しかし、やっぱり無精髭でもあるのとないのでは大違いで、渡部篤朗がよくやってるような人間的に病んだキャラみたいなのが、あっという間にいつもの小動物ピクミン。気分的にはカフカ的な「変身」ですよ。うん、ってゆーかそれ虫だ。
伸びるかどうかはおいといて、このまま武将髭あたり(関羽をイメージ)まで伸ばしてみるとどうなってしまうのでしょう。うわー、髭でティモテできちゃうじゃないですか。歳を取ったらリアル仙人じゃないですか。ただし背の低い。
・・・・チョビ髭がせいぜいだと思いました。
1月5日 お正月したこと
来た年賀状の数。2通。
出した年賀状の数。1通。住所を知ってる友達の数。priceless。という大人として社会的にどこかおかしいアゼルです、こんばんは。わかってる。わかってるから何もいわなくていいんだ。ネットのあけましておめでとうメールの方がはるかに多いとかって言わないでいいと思う。
さて。
正月早々、ってゆーか正月はあっというまにすぎさっていったわけですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。わたしは正月っぽいことは何にもしなかったわけですので、明後日あたり七草粥でも食べようかと買い出しにいったりしてます(←何か違う)。
わたしは修士論文っていうやつを書いてますが、今日ようやく一息ついたところなわけです。言うは易く行うは難しといいますが、軽くパニくってました。わたしは博士過程まではいきませんが、そいつらほんとすごい。どっかおかしいんだと思う(失礼です)。
ということで、当分おもしろそうなことを探す余裕もないので更新が滞ったり軽い更新でしばらく済ませてしまうかとは思います。ええ、わたしにも生活がありますので(←リアル)。
正月やっていたといえば、国盗り物語を見たとか大化の改新を見たとかだいたいそんなカンジ?ああ、あと飲み過ぎで迷走神経反射を起こして寝てました(意訳:吐きすぎて貧血おこした)。
昨日初詣にいったら誰もいなくて軽く鬱。そんなお正月。_| ̄|○
1月1日 あけましておめでとうございます
あけましておめでとうございます。
ケロロ軍曹がないことに半キレしたり、金色のガッシュベルが新ムツゴロウの愉快なワン様SPでなかったりすることにマジギレしたりする豊かな正月をお過ごしの皆様。26歳メンヘル系お正月をおくるアゼルです、こんばんは。それメンヘルじゃないし。アタイ大化の改新みるし。
さて。
算数の問題です。
Aさんは、お父さんから300円、お母さんから200円貰いました。5000円の靴を買うには、あといくら、いじめられっこのBくんからカツアゲすればいいでしょうか。次の三つから選びなさい。
1. しぼれるだけ
2. 生かさず殺さず
3. 4500円。
正しい回答は、刑務所の中でお考え下さい。
っていうネタをアンガールズを見ながら思いついた正月です。お年玉を預かるというお母さんを信用してはいけません。やつらは母親の皮をかぶった犯罪者ですので。あいつらの心配事はお前のことよりヨン様ツアーの補填のことだから気をつけろ。
そんなわたしが1月1日に最初にしたことは、鶏肉に下味をつけたことでした。後は、誰もいないことをいいことに音楽を大音量でかけたり洗濯をしたり病気で入院した友人に鶴を折ったりしていたりするような、心温まる元旦でした(修論はリアルにしてません)。
一年の計は元旦にありといいますが、みなさんは今年一年、どんな一年にしたいとお思いでしょうか。
わたしは原付が雪でスリップしたため今日は初詣にいきませんでしたが(年を越してもスベってます)、やっぱり今年一年は重要ですよ。今年一年でどうしてもしたいことといえば、
1. 修論を提出する
2. 就職する
3. CP試験に合格する
以外にあるかボケー!と思うのですが(←リアル)、それは神様にお願いすることじゃなくて自分で努力することですので、今年のホームページ的なものでもいおうかと。
ってゆーかですね、前々から思ってたのですが、やっぱりうちはサイト方向性が見えないですので、日記だけじゃなくて、ちゃんと心理学を更新していこうと思うのです。
なんてゆーか、いままでガチで自分の勉強そのままの知識をアップロードしてましたけど、これは読んでわかりにくいですよ。心理学の素養とか医学の素養がないと、本当に意味するところって難しいと思うのです。
いろんなネットとかを見てみますと、わりと精神医学的な症状についての誤解とか、臨床心理士の仕事について、誤解が多いと思うんです。それこそ、無知に基づいたもので。それって、知らないだけなのかなぁとか思ったりしまして。
ですから、今年は専門の臨床心理学とか神経心理学について、もう少し簡単に解説するテキストみたいなのを書ければいいかなとか思いまして。それこそ、わたしが学ばせてもらったことを、今度は皆さんにお返しすることも大切なことかなぁとか思いますし、わたしがどんなことを思ってるのかとかを感じていただけるかなとか思うのです。
そんなやればできる子的なテンションのアゼルりんに股間を濡らす若い独身女性続出かと思いますが、もうこれからわたくしに向かって「ヨン様」と言うといいと思う。ぶっちゃけ、愛してます≠ニか言うといいと思う。
今年のD.N.寄生地の目標はクリスマスに更新しないことです。_| ̄|○